第4話 剣聖は保護者になる

 一応俺の実家、バルカス伯爵家に連れて帰るという手がある。こう見えても俺は王国でも指折りの身元がしっかりした人間だ。というか、この国で俺以上に身元がしっかりした人間なんて王族くらいのものである。


 バルカス伯爵家に連れて行けば、親父とルークでこの小娘のことはなんとかしてくれる。本人曰く「孤児院はちょっと……」とのことだが、そのあたりについても親父たちならきちんとこの娘の希望に添った道を用意してくれるはずだ。

 諸々考えると俺はやはりこの肝焼き好きを実家に連れて帰るべきだ。べきなのだが……


「帰りたくねええええ……」

 王都についてまだ一時間も経ってないんだぞ。何日もかけてここまで来たってのに即とんぼ返りってのはなんかなあ……。この娘じゃないが「そういうのはちょっと……」という感じである。おまけに実家に帰ったとなれば俺の方は確実にまた追放される。ルークもまさか五日そこらで親父の機嫌を直すことは出来ないだろう。この小娘は温かく迎えられる。それはいい。が、俺は冷たく再追放されるのである。これもまた「そういうのはちょっと……」となってしまう部分だった。


 とはいえ、この娘をここに置いてさようなら、というわけにはいかない。これについては「そういうのはダメ」である。

 串焼きの肉(安いけど美味かった)をかじりつつ頭を悩ませていると、小娘が言った。


「悩み事か」

「まあな」

「私でよければ相談に乗るが」

「そういうわけにはいかないんだよなあ……」

 気遣ってくれているようだが、お前のことで悩んでいると言うわけにもいくまい。


「なるほど、深い悩みと見た。如何に生き、なにを為すべきか、とかか」

 なんかえらく深刻な悩みだと思われたらしい。

「いや、俺は冒険者やって金稼いで生きてくつもりだけど」

 とりあえずやることは決まっているのでそう答えてやった。


「冒険者……!」

 思いの外小娘の食いつきがよかった。肝焼きを買ってやったときほどではないが、目が輝いている。まあ、あの仕事に憧れる子供は多いからな。

「冒険者になるのか」

「そうだが。しばらくの間だけどな」

「冒険者か」

「……まあな」

「冒険者」

「…………」

 小娘が俺のことをじーっと見ていた。


 なんだろう。ついさっき、これと似たようなことを経験した気がするんだが。

「…………ついてくるか?」

「いいのか……!」

 おかっぱ頭は期待に目を輝かせていた。無表情のままではあるが。やはりわかりやすい奴である。

「ま、子供一人分余計に稼ぐくらいはなんとかなるさ」

 俺、剣聖だし。冒険者やってたころも結構稼げていたのだ。子供ひとり養うくらいはどうとでもなる。


「冒険者。……そういうのは、グッド」

 ぐっと親指を立てて小娘が言った。かなり喜んでいるようだ。やっぱり無表情だけど。目だけ笑ってる感じだった。

「本当は俺の実家に連れて帰って、落ち着き先を探してやるべきなんだが……」

「冒険者! 冒険者! 冒険者!」

 一応俺は真っ当な対処法を提案したのだが、小娘による手拍子つきの冒険者コールによって拒否された。


 冒険者コールなんて生まれて初めて聞いたが……とにかく、この提案についても「そういうのはちょっと……」ということらしい。まあ、しょうがないか。最終的には伯爵家の力を使うことになるのだろうが、しばらくの間は冒険者コールに応えてやってもいいだろう。

「じゃ、決まりだな」

 俺は食べ終えた串焼き肉の串をゴミ箱に放り投げて立ち上がった。

「ん。いかに生き、なにを為すべきかが定まった」

 小娘もまた、同じように串をゴミ箱に入れて立ち上がった。


「よーし、ではいまから俺はお前の保護者だ。いい子になってちゃんと俺のいうことを聞くように」

「承知」

 おかっぱ頭の小娘は素直にうなずいた。

 話も決まったので、俺は冒険者登録のためにギルドへ行こうとしたのだが、くいくいと小娘に袖を引かれた。


「保護者よ、私はとても大事なことを言い忘れていた」

「ああ。俺も大事なことを聞き忘れていた」

 そう、俺たちは最初にやっておかないといけないやりとりをしていなかったのだ。なんとなくの流れでそうなってしまったのだが、やはりけじめは必要だ。ましてここからは保護者と娘という立場なのだから。

 小娘の方も同じ思いだったようで、俺が軽くうなずくと無言でうなずき返してきた。

 そしてこう言った。


「肝焼きごちそうさまでした。美味しかったです」

「そっちか」

「そっちとは?」

「いや、お互い名乗ってなかったからそのことかと」

 首をかしげる小娘に言ってやると、「はっ……!」という表情になった。

「うかつ。肝焼きで頭がいっぱいだった」

 あれ、そんなに美味いのか。やっぱり俺も買っておけばよかったかな。


「ま、改めて自己紹介するぞ。俺はレオン・バルカス。こう見えても剣聖だ」

 腰に差したサーベルの柄を左手でぽんと叩いて言った。

「私はユーナ。こう見えても肝焼きに目がない五歳児」

 おかっぱ頭はふん、と胸を張って言った。いや、肝焼き好きなのはもう知ってるが。


「では、ユーナよ、今度こそ冒険者ギルドに行くぞ」

「ん。それはいい。ただ……」

「どうかしたか?」

「レオンよ、何故剣聖が冒険者になろうとしているのか?」

 あー、それも説明しないといけないか。

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