素直になれなくてごめん。

森前りお

第1話

 「せんーぱい」


 私の心はきっと汚れまくっているのだと思う。この男の優しさを嘘だと思っているのだから。ずっとずっと、人を信じてくれなかったからだろうか。人の優しさをそのまま受け取ることはなくなった。全部偽善としか思えなくなったのだ。


 この男は二年の赤木俊だ。そして、私が中学時代虐められていたことを知っている。


 「先輩。無視しないでくださいよ」


 ネットフェンスに片手をかけ、私の顔を見て俊は言う。私は足を止め、睨むでみるが、俊は余裕そうな顔をしている。


 「先輩は猫ですか?」

 「はあ?」

 「警戒して牙をむく猫ですよ」


 この男はよっぽど私をからかうのが好きらしい。


 「私を怒らせたらどうなるのか……わかっているのか……?」

 「怒らせたら、どうなるんですか?」


 また余裕そうな顔をしている。

 ムカつく顔を殴ってやりたいくらいだ。でも、こんな目立つところでそんな騒ぎを起こしたら、目立つに決まっている。


 「あとでみっちり教えてこんでやる」

 

 今は堪えるんだ。あとで、誰もいないところならコイツをきっちりしごくことが出来る。

 

 「先輩のえっち~」


 心がこもっていないそんな声で俊は言う。


 「は?」


 まじでキレる一歩手前、いや、もう爆発しててそれを蓋で押さえつけていただけかもしれない。そんな感情を押し殺した言葉が端的で私が怒っているとわかりやすく説明できる言葉だった。


 「うそうそ。先輩ガチになりすぎ」


 コイツに付き合っていると頭がおかしくなる気がする。無視して、早く帰ろう。


 私がコイツに逆らえない理由。それは、俊が私が虐められていたことを知っているからだ。

 私が絶対に忘れたかった記憶を思い出させた張本人だ。だから、絶対に私の友達にその事実をバラしてほしくない。

 

 

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