第42話 魚の死体ではないです
「紹介しよう。こいつはリア。俺の相方の《調合師》で、二つ年下の妹だ」
「……どうも。リア・ハスキーです」
シビルの紹介に続いて、彼の隣にいる小柄な〈狼人種〉の女の子が、抑揚の乏しい声と共にペコリとお辞儀をした。
シビルとは違い「原種」ではないようで、若干あどけなさは残るものの整った顔立ち。眠そうに半開きになっている瞼の下からは、満月を連想させる綺麗な金色の瞳が覗き、毛先が所々ハネている胸元辺りまでの焦げ茶色の髪をウルフカットにしている。
全体的に白と赤のツートンカラーが目立つ暖かそうな服に身を包み、更にその上からケープを、頭にはロシア帽のような帽子まで身に着けているところを見ると、結構な寒がり屋なのかも知れない。
「へぇ! シビルの相方って、妹さんだったんだね。可愛いなぁ~」
「ということは、ご兄妹で二人旅をされているんですね。ふふふ、素敵です」
「……ありがとうございます」
「可愛い、可愛い」と連呼する二人に少し照れ臭そうに礼を告げてから、部屋の雰囲気も相まってどこか知的なオーラを漂わせている〈狼人種〉の少女リアは、相変わらず半開きの目で俺たちをついと見回してからシビルに向き直った。
「それで兄さん、この二人はどちら様なのですか?」
……ん? 二人?
「おいおいリア、何を言っている。二人じゃないぞ。三人だ」
「え、兄さんこそ何を言っているのですか? 兄さんが連れて来たのは二人だけではないですか」
……お、おやぁ?
何故か頑なに「二人です」と言い張るリアの物言いに首を傾げていると、シビルがやれやれといった感じで順番に俺たちを指差していった。
「馬鹿を言うな。俺が連れて来たのはほら、このジャックと」
「はい」
「ラヴラと」
「はい」
「シバケンだ」
「なっ……!? そこの動く魚の死体は、人だったのですか? 死んだ魚のような目をしているので、まったく気付きませんでした」
シビルが最後に俺を示した途端、リアが大仰に顔を青ざめて見せながら一歩後退した。
「おい、省いた三人目って俺かよ。どこからどう見ても人でしょうが」
「うわ……喋った……」
「喋るよ!? そんな気持ち悪いものを見る目をしないで貰えます!?」
な、何なんだこの子……なんで俺に対してだけこんなに無礼なんだ。
俺、何かこの子に嫌われるようなことでもしてしまったのだろうか?
釈然としない気持ちで、俺は改めてリアに名乗った。
「えっと……真柴健人だ。一応旅の物書きをやっている、れっきとした『人』だよ」
人、の部分をことさら強調してから、俺は「よろしくな」と軽く会釈した。
まぁいい。こんな女の子の言うことにいちいち目くじらを立ててもしかたあるまい。ここはクールな年上男子らしく、大人の対応をしてやろう。
やれやれ、まったくはねっ返りなお嬢ちゃんだぜ。打ち解けるのに苦労しそうだ。
できる限り優雅な仕草で俺が握手を求める手を差し出すと、リアはしばらくの間俺の手をジッと見つめ、そして出し抜けに手近にあった試験管の中身の液体を垂らしてきた。
直観的にヤバいと感じ、咄嗟に手を引く。
液体は先ほどまで俺の手があった場所の空中を滴り落ち、それがポトリと床に着地した瞬間、「ジュワッ」と不気味な音を立てて──床が溶けた。
「あっぶな!? いきなり何するんだ!」
「すみません、ちょっと手が滑りました…………ちっ」
「いま舌打ちしたよね? 明らかに俺の右手を亡き者にしようとしていたよね?」
ダメだ。まだ出会って数分もしていないのに、早くもこの子と打ち解けられる気がしない。
「あ~あ、やっぱり相当嫌われちゃったみたいだね、シバケン」
冷や汗をかく俺の肩を、ジャックが励ますようにポンポンと叩いてくる。
「ま、まぁ、シバケンさんも悪気があったわけではないと思いますので、どうか許してあげては貰えませんか? ね、リアさん?」
隣ではラヴラが、必死にリアに何事かを弁解していた。
え、なになに? どういうこと?
「ははは、すまんなシバケン。〈狼人種〉にとって尻尾を触るという行為は、普通は本当に親しい者同士でしかしないのだ。加えてうちの妹は見ての通り、あまり愛想の良い性格ではないのでな。いきなりシバケンに尻尾を掴まれて怒ったのだろう。許してやってくれ」
な、何だよ。そうならそうと早く言ってくれればいいのに。
俺は依然として警戒心をむき出しにした目でこっちを見ているリアに向き直ると、コホンと一つ咳払いをした。
「あ~……その、なんだ、悪かったよ。知らなかったとはいえ、びっくりさせちまってさ」
俺が謝ると、リアがまたその金色の瞳でジッとこっちを見つめてから、取り敢えずは俺に悪気がなかったことを認めてくれたのか、ふっと肩の力を抜いた。
「……わかりました。ひとまず攻撃の手は緩めるのです」
「ああ。是非そうしてくれ。改めてよろしくな、リア」
「ええ、よろしくお願いします。魚の死体……いえ、シバケン君」
やっぱりまだ少し怒ってはいるようだった。
やれやれ、これは先が思いやられるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます