第39話 レッツ、山登り
「お待たせしました、シバケンさん」
ジャックをあしらっていると、洞窟の奥まで探索に行っていたラヴラが、俺たちのいるベースキャンプに戻って来た。
「おう、お疲れ様。どうだ、何かわかったか?」
「はい。この横道をしばらく行った所に、簡易的ですが立て看板のようなものがありました。やはりここが、バーニーズ山脈の山道への入り口で間違いないようですね」
「ふむ、やっぱりか」
俺がナップザックから水筒を取り出して渡してやると、歩き回って少し疲れたのか、ラヴラが「ふぅ」と短く息を吐いて手近な岩に腰掛ける。
「それにしても、驚きましたね。まさかこの洞窟遺跡が、そのまま山道への道として使われているなんて。てっきり道を間違えてしまったのかと焦ってしまいました」
「そりゃ、普通こんな魔物が蔓延るジメジメした洞窟が山道に繋がってるなんて考えないよな。もし行き止まりにでもぶち当たったら、また戻ってこなきゃいけないんだから」
「フフッ。でも、ジャックさんにとっては大歓迎なようですね?」
離れた所でボールのように丸まって防御するヨロイガニたちを、「待て~、殻置いてけ~!」と追い回すジャックを、ラヴラは微笑ましそうに見つめていた。
やがて目的の数を集め終わったのか、ジャックがヨロイガニたちから剥ぎ取った甲殻を両手一杯に抱えて戻って来る。
「た、ただいま~……わふぅ……」
「大丈夫ですか、ジャックさん? 随分お疲れのようですが」
「う、うん。ちょっとはしゃぎ過ぎたかも。もうヘトヘトだよ~」
回収した素材を荷台に放り込んで地面に寝転がるジャックの横で、ラヴラがおもむろに槍を構えた。そのまま槍の柄の部分を優しく地面に突き立てる。
「――【旗術】、〈癒しの青旗〉」
すぐさま槍の先端に青い布が現れて、辺りを薄青のベールが包んでいく。ややもしない内に、疲れて地面に寝転がっていたジャックが何事もなかったかのように立ち上がった。
「ふぅ! ジャック・ラッセル、復活! ラヴラ、ありがとうね!」
「えぇ、どういたしまして。でも、回復したのは体力だけで、細かい擦り傷などは治っていませんから、あとでちゃんと手当てをして下さいね?」
礼を言うジャックにひらひらと手を振りつつ、ラヴラが突き立てた槍を地面から引き抜く。それと同時に周囲を包んでいた青いベールも旗も、霞のように消えていった。
「しっかし便利だよねぇ、ラヴラのその〈特殊技能〉。色々便利なことができて、本当に心強いよ。シバケンの【念写】とは大違いだね」
「ふん。悪かったな、ピーキーな性能で」
「ま、まぁまぁ。この技能だって、万能ではありませんから。発動している間は槍が使えませんし、私自身には何の効果もないという欠点もあります。その点では、一人で色々とできるシバケンさんの【念写】も、とても素晴らしい技能だと思いますよ?」
「ほら、聞いたかジャック? もう少し女の子っぽく見られたいっていうんなら、お前もこのくらいのことはササッと言えるようじゃなきゃあな」
「ふん。悪かったね、おてんばな性格で」
拗ねたようにそっぽを向いてから、ジャックは再びハンマーを構えて歩き出した。
「さぁてと、ラヴラのお陰で元気になったし、もう一回くらい素材を集めて来ようかな?」
「待て待て待て、ステイだ、ステイ。ここが山道の入り口ってわかった以上、ここからはいよいよ山登りなんだぞ? 途中で休憩できる場所があるかどうかもわからないんだ。余計なことで体力を使うのはよせ」
「その事なのですが、シバケンさん。おそらく休憩する場所はあると思いますよ」
突っ走って行こうとするジャックの尻尾を掴んで止める俺に、ラヴラがさっき洞窟の奥で見つけた立て看板について説明する。
なんでも立て看板には山道入り口を示す文字の他に、「ラサ・アプソ村」という村があることも書かれていたそうだ。
「おお! 本当か? 途中に村があるのか?」
「ええ。そこでなら、十分に休息が取れると思います」
「でかした。そいつは朗報だ」
いやぁ、助かった。大分慣れたとはいえ、ただでさえ普通の野営も俺にとってはきついのに、ましてや山の中での野宿とか拷問に近いからな。
「おしっ。それじゃあ早速、そのラサ・アプソ村とやらを目指して――」
出発、と言おうとしたところで、唐突に背後から声が掛かった。
「ラサ・アプソへ行くのか? あそこには、今は近付かない方がいい。危険だ」
出鼻をくじかれた気分で振り返ると、そこには背中に大きな麻袋を背負った、〈
「原種」(動物の特徴が色濃く表れた亜人種)特有の狼そのままの顔立ちの所為で判別しづらいが、声や体格から俺たちとそう歳は離れていなさそうな印象を受ける。
旅装束にブーツのような長靴を履き、腰には片手剣よりはやや小さいくらいの大きさのナイフが一本とかなり軽装。だが、痩身ながらもしっかりと付いた筋肉のお陰か、彼にはそれで充分なのだろうと思わせる。
「…………ん?」
何やら険しい顔つきで山道へ向かおうとする俺たちを引き留める男は、けれどやがて何かに気付いたように片眉を上げると、次にはその相好を崩して親しげに手を振ってきた。
「おお? ひょっとして、そこにいるはあの時の少年ではないか?」
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