第25話 このワン娘、チョロすぎ
「『大演劇祭』?」
「はい。元々スパニエルで活動していた者、今回の王女来訪に合わせてスパニエルにやってきた旅の者を問わず、多くの劇団や一座が集い、四日間に渡って演劇を披露するんです」
ほほう、それは気になる。
演劇っていうからには、少なくとも脚本くらいはあるはずだよな。こっちの奴らがどんな物語を作るのかを知る良い機会だし、是非とも見てみたい。
「へぇ、演劇かぁ! 面白そう! 折角だしボクも見てみたいなぁ!」
俺の隣ではジャックも楽しそうにそう言って、荷物の重さも忘れて飛び跳ねる。本当に、良くも悪くも無邪気で素直な奴だ。
ある意味こいつも、地球じゃ今時珍しいくらい純粋な女の子だよな。
「それで、『大演劇祭』の開催と参加する劇団が決まってから、私たち騎士団にも色々と任務が言い渡されたんです。会場設営の協力や、準備及び開催期間中の警備などですね。そして私の任務は、『大演劇祭』に参加する劇団の内の一つを警護するという、結構重要なものなんです」
ラヴラが腰の辺りに付けていた革製のポーチから何かを取り出し、見せてくる。
彼女の手に握られていたのは、丸められた一枚の羊皮紙だった。
「これは?」
「任務を与える際、騎士団から団員に渡される指令書です。開いてみて下さい」
言われた通りに、留め具の紐を外して広げてみる。A4サイズくらいの紙面に、何やら事細かに文字が記載されていた。
一番上には少し大きい字で「任務概要」と書かれており、続いて任務の内容、場所や時間などの詳細が箇条書きに記されている。
そこには確かに、明日からの四日間の日付と共に、とある劇団を警護しろという旨の文面があった。
なるほどな、こりゃあ確かに重要な任務らしい。
「やったな、おい。大抜擢じゃんか」
「ええ。私自身、とても驚いています。私のようなまだまだ未熟な新米騎士に、こんな重大な任務が言い渡されるなんて、と。でも、怖気づいてはいられません。いつまでも新米の身に甘んじているわけにもいきませんからね。これを機に少しでも一人前に近付けるように、必ずやり遂げなくては」
今から身が引き締まる思いです、と意気込むラヴラ。
多少戸惑ってはいるみたいだが、やる気は充分のようだ。
「なになに…………む、難しい。何て書いてあるの、コレ?」
俺の肩越しにジャックも指令書を覗き込むが、すぐに眉をひそめて訊いてきた。
お前なぁ…………いや、でもまぁたしかにこういう堅苦しい文体の文字は、地球でいう精々中学生レベルの読解力しか無さそうなこの犬耳っ娘には、少し難しかったかもな。
しょうがない。ここは一つ、こいつにもわかるように説明してやるか。
「いいか? ジャック。とりあえず簡単に説明するとだな」
「うんうん」
真剣な面持ちでじっと説明を待つジャックの眼前に、俺は両手を突き出した。
「まず、ここに一個のショコロの実と、一個のココエの実があるとしよう」
「簡単にし過ぎだよ! ボクそこまで頭悪くないよ! 村の子どもに数の数え方を教えるんじゃないんだから、もう少し難しくてもわかるよ!」
「まぁ、そういう意見もある」
「……ねぇ、シバケンってもしかして、ボクのことバカだと思ってない?」
「ハハハハハ、まさか。そんなこと思っているわけがナイジャナイカ」
「ふんっ、ウソだね。絶対ボクのことバカにしてるんだろ?」
うん。まぁ、概ねその通りではあるんだけどね。口には出さないけどね。
「してないって。俺はただ単純に、お前にわかり易く説明しようとしただけだ」
そっぽを向いていたジャックが、疑わしそうにジト目で俺を睨んでくる。
「……本当かなぁ?」
すかさず俺は、ジャックの頭をわしわしと撫でた。無論、声を作るのも忘れない。
「――お前は俺の大切な相棒だ。相棒をバカにするなんて、そんなことする筈ないだろう?」
途端に、ジャックの尻尾がユラユラと揺れる。
むくれた表情をしてはいるが、これはこいつが内心喜んでいる時の仕草なのだと、俺はここまでの彼女との付き合いで既にわかっていた。
そして、その不満げな顔すらも、すぐにいつもの明るさを取り戻していく。早くもすっかり元通りだ。もしかするとこいつの
「大切な、相棒…………う、うん。そうだよね。ボクたち、ここまで一緒に旅してきた仲だもんね。バカにするなんて、そんなことある筈ないよね!」
はい、チョロ過ぎ。
一連のやり取りを見ていたラヴラに気の毒そうな視線を向けられているのにも気付かず、口から出まかせの俺の言葉に気を良くしたのか、屈託のない笑顔を見せて来るジャック。
そんな彼女を前に、俺はさすがにこのワンちゃんが可哀想になってきた。
お前が将来悪い男に引っ掛からないか、俺は心配だよ…………。
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