【24年2月9日1巻発売】死に戻り令嬢は憧れの悪女を目指す ~暗殺者とはじめる復讐計画~

まえばる蒔乃

第1話 出会い


「いずれこうなることはわかっていたわ」


 18歳の誕生日に合わせた、婚約発表パーティで突然婚約破棄された夜。

 寝室の明かりを消して程なくして、私の上にのし掛かる体と、冷たいナイフの感触がした。


「悪ぃな。眠らせて殺すつもりだったが、最後に淹れられた薬湯は呑まなかったのか?」

「嫌な予感がするときに、飲み物に口をつけないのは当然の自衛だわ」

「自衛してこれならザマねえな」

「…あなたは私を殺すのでしょう」

「ああ。話をして時間稼ぎはさせねえ」

「可哀想に」


 私は口の端を吊り上げて冷笑した。


「あなた、端金をつかまされて私を暗殺しに来ているのでしょう? いずれあなたも殺されるわ」

「……」

「あなたの言葉には訛りがある。それに暗がりでもわかる銀髪。大きな体躯……ナイフの持ち方。北方民族の方ね。北方併合作戦を展開した我が父に恨みを持つ、北方民族を暗殺者として使うのは、王太子殿下の新婚約者――ジェスク公爵家の」

「それ以上のお喋りは終わりだ」


 彼は私の喉元にナイフを突きつける。息を呑むだけで血がこぼれるのがわかる。私は微笑む。何がおかしい、と言われる。


「あなた、真面目な人ね。人払いもして、二人きりの状況で。最後にいい思いをしてから私を殺すことだってできるのに。苦しまないように薬湯を飲ませ、首を切って一思いにしようとする。悪に向いていなくてよ?」


 口を塞ごうと伸ばされる左手をとり、私はその大きな手を私の右胸に導く。夜着だけを纏った柔らかな感触に、彼が息を呑むのがわかった。


「元宰相閣下の愛娘は、噂通りの淫売(ビッチ)ってやつか?」

「私は純潔よ」

「口ではいくらでも言える」

「あなたと一緒で」

「……」


 彼が黙り込む。どんな顔をしているのか見られないのが残念だ。


「ねえ、歴史に名を刻むこともない、使い捨ての暗殺者のあなた。よかったら『悪役令嬢』として命を散らす、私と派手に楽しみませんこと?」


 私は彼の二の腕を指先で撫で、見下ろしてくる頬に手を伸ばした。顔の形は端正だ。垂れた銀髪を耳にかければ、ぴく、と体を震わせるのを感じた。


「これからあなたと私で、この世界をめちゃくちゃにする楽しい復讐計画を実行しましょう。つまらなければ、私を好きにして、殺していいわ」

「……」

「王太子様に女としての全てを否定された私だもの。最期に喉を切って、そのままおしまいってことにはしないでね?」


 どれほどの時間が経っただろうか。

 暗殺者はナイフを振り上げる。

 失敗した――そう覚悟を決めた瞬間、ざくり、と刺さったのは私の一つにまとめたおさげ髪だった。


「あんたの計画に乗る。その代わり、前払いとしてこれはいただく」

「よくってよ。私の髪、ゆめゆめ商品価値をお忘れにならないで」

「服を着ろ。逃げるぞ」


 私は躊躇いなく彼の前で夜着を脱ぎ捨て、万が一の為に準備していた市井のシンプルなドレスを纏う。


「私の名はキサラ。逃避行の恋人の名前を教えてちょうだい」

「……アッシュ」


 低く小さく一言だけつぶやくと、彼は私を横抱きにして、窓から外へと躊躇いなく発った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る