第805話 愛溢れる

 若者達にエールを送るという、なんともラスブラン侯らしくないムーブになにが起きても反応できるよう身構えていたが、結局それ以上のことは起きず。

 そのあとも二、三近況報告をし、時間があれば屋敷に寄るからママンに伝えておいてくれと伝言を頼まれたところで久しぶりの祖父との対面はつつがなく終了した。

 サプライズで呼び出した割には呆気なかったなあ、なんて肩透かしをくらった気持ちで部屋を出て、再び老人について歩いていると、エリクスが突然大きく息を吐く。

 何事かと思い視線を向けると、額にはびっしりと汗が浮かんでいて、その様子を見た老人が心配そうにそっとハンカチを差し出した。

 エリクスは、軽く頭を下げながらそれを受け取り汗を拭う。


「大丈夫か、エリクス」

 

 そう尋ねると、若干顔を歪めながら大きく深呼吸をしたあとで、大丈夫だと言うように浅く頷く。


「失礼いたしました。まさか、直接名前を呼ばれるとは思いもしなかったもので。現役最年長の貴族家当主であり、文官の完成系の一つを体現されている、あのラスブラン侯爵様に」


 文官の完成系?

 うちのお祖父ちゃんが?

 コマンド。


【ラスブラン侯爵家の特徴は、風を読み、選択を間違わないこと。対して、バート・ラスブランの特徴は、風を読み切り、決して選択を間違わないこと。人間性云々は置いておくとして、ある意味での文官の完成系と呼ぶに相応しい、レプミア最高峰の貴族の一人だと思われます】


 ママンとの関係で思い切り風を読み違えてる気がしなくはないけど、貴族として最高峰の一人であるという点については、人間性云々は置いておくことも含めて僕も異存はない。

 


「不敬を承知で申し上げれば、脅威度の高い魔獣に一対一で見つめられたら、あんな気持ちになるのかもしれないと。そんな考えが頭をよぎるほどの圧力を名前を呼ばれた瞬間に感じました。その後も、その視線だけで『お前はどこまでヘッセリンクの役に立てるのかな?』 と、終始そう尋ねられているような」


「まあ、貴族としての脅威度があればあの方は間違いなく脅威度Sだろうさ。そんな祖父の圧力に直にさらされたことは気の毒だが、お前はそんな化け物に僕の未来の側近として見込まれているらしいぞ?」


 そう言いながら最近さらにパンプアップが図られて逞しさを増した若手の胸をドンッ! と叩くと、エイミーちゃんも微笑みながら頷く。


「よかったわねエリクス。あのラスブラン侯爵様にそう言っていただけるなんて。帰ったらハメスロットに教えてあげましょう。きっと喜ぶわ」


 弟子が他所の貴族に評価されたんだ。

 流石の堅物ハメスロットもこれにはニッコリだろう。

 と思ったんだけど、エリクスはゆっくり首を振った。


「冷静さを欠き、上手く対応し損ねたことを考えると、お師匠様に胸を張って報告できるものでは」


 ストイックなのはいいことだけど、正直今回は相手が悪い。

 準備もなく、あの母方の祖父と相対して対応し切れる人間なんて貴族にも数えるほどしかいないだろう。

 かく言う僕もその域に達しているかと言われれば自信はない。

 まあそう気にするなと声をかけようとすると、それを察したらしいエリクスがその必要はないとばかりに再び首を振り、言う。


「今回は上手く立ち回れませんでしたが、せっかくラスブラン侯爵様から期待のお言葉を頂戴したのです。この経験を糧に、ヘッセリンクの名に恥じぬよう研鑽を積みたいと思います」

 

 逞しくなったのは身体だけじゃないらしく、精神的にも充実しているところをみせるエリクス。

 そんな先輩の姿を見つめる後輩二人にも、発破を掛けておこうか。


「デミケル、オライー。お前達にも期待しているぞ? なんせ、僕とエイミーが走り出したらそれを止めるのはお前達らしいからな」


 エイミーちゃんの肩を抱き寄せながら笑ってみせると、オライーは無言で顔を顰め、デミケルは苦笑いを浮かべながら口を開く。


「この世でこれ以上に困難な仕事があるでしょうか」


 そんなもの、毒蜘蛛さんと殴り合って勝つとか、グランパの炎に耐えるとか、パパンのママン語りを夜通し聞くとか。

 挙げればキリがないよ?


「ふふっ、安心して。ラスブラン侯爵様は確かに貴方達にレックス様をお諌めする力を付けるよう研鑽を積めと仰いました。一方で、レックス様には炎狂い様のように何事にも縛られず、自由にふるまうことを求めていらっしゃるの」


 確かにそこは矛盾している。

 偽物騒ぎの際、ラスブラン侯に厳しく言われたのは、もっとヘッセリンクらしくあれ! ということだった。

 

「あの方はきっと、将来的に力を付けた貴方達の制止を振り切ることで、レックス様が今以上にヘッセリンクとして成長されることを願っていらっしゃるのではないかしら」


 愛妻はこう言いたいらしい。

 若手が成長する。

 その力を以って僕の暴走……無軌道な動き……突拍子もない行動を牽制ないし制止しようと試みる。


【言葉を選びに選んだ結果、突拍子もないに着地した気分はいかがですか?】

 

 今大事なとこだから静かに。

 ええっと?

 その制止を振り切るために僕のリミッターが外れる。

 結果、ヘッセリンクとして一皮剥ける。

 うん。


「エイミー。祖父をいいように解釈してくれるのは嬉しいが、流石に深読みし過ぎだ。カナリア公曰く、現役時代のあの方は、炎狂いと双璧と呼ばれていた人でなしだぞ?」


 そしてカナリア公を含めると、人でなしトライアングルが出来上がるわけです。


「そうでしょうか。ラスブラン侯爵様は、お顔を拝見するたびにレックス様への愛に溢れていらっしゃいますよ?」


「仮にそうだとすれば、もっとわかりやすく愛情を示してもらいたいものだな。そうすれば、僕だって定期的に文の一つや二つ出すこともやぶさかではないのだが」


 添削不要の判子をついたうえで送ります。

 中身?

 ロソネラ公に高く商品を売るコツを聞くとか?


「ふふっ。それを先々代様がお知りになられたら、ヤキモチを妬かれるかもしれませんね」


「やくはやくでも違うやくになりそうなのがヘッセリンクのお祖父様の恐ろしさだな……」



……

………

《読者様へのお知らせ》

本日と明日は、未来編と近況ノートのおまけも更新予定です。

お時間ある読者様はよろしければそちらもご覧ください。

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