第647話 素直で頑固
どうも、蛮族です。
【オーライ♪】
自覚してるならよし、じゃありません。
さて、それはそれとして。
ダイファンが実技の試験会場が森じゃないと知って悲しい顔をするので、ジャンジャック、オドルスキ、ガブリエあたりと模擬戦をすることを許可しておく。
それを聞いた瞬間のダイファンの輝くような笑顔と、顔を歪めたメイドさんの大きなため息の対比は芸術の域にあったと言ってもいいだろう。
メアリの案内でウキウキと躊躇うことなく部屋を出ていく凄腕護衛さん。
許可しておいてなんだけど、護衛対象を放っておいて趣味を優先していいのだろうか。
いや、もちろんゲルマニス公の弟さんであり、我が家との大きな化学反応を期待できる貴重な人材たるオライー君に何かしようなんて小指の爪の先ほども思ってないんだけど。
「つかぬことを伺うが、そちらのメイド殿も実は凄腕だったりするのだろうか。いや、あまりにもあっさりダイファン殿が出ていったからな」
僕がそう尋ねると、メイドさんは苦笑いを浮かべながらゆっくりと首を横に振って否定の意を表す。
「いいえ。私は見てのとおりか弱いメイドでございますが、自己紹介をさせていただいても構いませんでしょうか」
馬車から降りた時にオライー君に呼び掛けた時は気付かなかったけど、ハスキーでいい声だなメイドさん。
「ああ、もちろんだ。すまないな。ここまで少人数でやってきた勇敢な女性にこちらから尋ねて然るべきだった」
「ありがとうございます。では。私はシーズ・ゲルマニス。当代ゲルマニス公爵ラウル・ゲルマニスの妹にして、このオライーの姉でございます。ヘッセリンク伯爵様、ならびにご家来衆の皆様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
とんでもねえな貴族の中の貴族!
なんでこんな地獄の一丁目に弟さんだけじゃなく妹さんまで送ってくるんですかねえ?
「やってくれたな、ゲルマニス公。メイドに擬態させて身内を送り込む無茶をしておいて、よく人のことを狂人などと呼んでくださるものだ」
思わず僕がこぼした言葉を聞いたシーズさんがそれは仕方ありません、と前置きをしたうえで言う。
「兄は貴族の中の貴族であると同時に、変人の中の変人ですもの」
わかるー。
【お、シンパシーですか?】
シャラップ!
「兄が可愛い末弟であるオライーをオーレナングに送ると聞いて、家の女衆で協議を行い私が同行することになりました。騙し討ちのような形になったこと、平にご容赦ください」
すっと頭を下げるシーズさん。
驚きはしたけど腹を立てるポイントではないし、ハメスロットも浅く頷いているので、スルーでよし。
「僕は一向に構わないが、それはそれとしてオライー殿。愛されているな」
ゲルマニス公爵家ってもっとドライなイメージだったんだけど、意外とそうでもないらしい。
弟が心配でお姉さんがついてくるなんて、可愛がられてる証拠だ。
しかし、オライー君の顔に笑顔はなく、むしろ何かを固く決意したような悲壮感さえ漂わせながら言う。
「奥様方や姉上方には、私のような新参者を受け入れていただき感謝に堪えません。私や母の存在に思うところがあるでしょうに、それを押し殺して優しく接してくださる姉上達への恩返しのためにも、こちらで私が有用なことを証明しなければならないのです」
ん?
んー。
なるほど。
オライー君はゲルマニス公爵家から、先代公爵の浮気相手の子供だと見られていると思っているんだろう。
気持ちはわかる。
だけど、ゲルマニス公からの手紙や、今のシーズさんの態度から、ゲルマニス公爵家が彼を厄介者と捉えている暗い印象はまったくない。
シーズさんに視線を向けると、僕の意図を汲み取ったように深く頷いた。
「このように、頑固で著しく思い込みの激しい部分はありますが、ゲルマニスの外で育ったこととお母様の性格を受け継いで、素直で穏やかな子です」
「なるほど。ゲルマニスの血族ながら素直で悪辣でない少年、か。最高だな」
「伯爵様。悪辣は若干失礼に当たるかと」
僕の本音ポロリに対してハメスロットがそんな風に軽く釘を刺す。
「おっと、これは失礼。私もオライー殿と同じで素直なタチでな。悪辣と言ったことはゲルマニス公には内密に頼む」
有史以来、国のために暗殺者組織を創設してみたり、十貴院のトップに君臨し続けたりしているヤバいレプミア貴族ランキング堂々の一位、ゲルマニス公爵家。
そこから送られてくるからにはどんな歪んだ人材かと正直警戒していたけど、直接話して既存の家来衆と比べたらマイルドな変わり者であることは理解できたし、何より身内の方から素直な子だとお墨付きをもらえたのは大きい。
「姉であるシーズ殿から生のオライー殿評をいただけたことは非常に有意義だった。礼を言う」
「いいえ。ダイファンさえ仕事を全うしてくれれば最後まで素性は隠すつもりだったのですが……。伯爵様、何卒弟をよろしくお願いいたします。もしこの子に何かあったら、私自ら手勢を率い、オーレナングに駆け付けさせていただきますわ」
それは怖い。
まあ、この言葉一つとってもオライー君が愛されていると理解せざるを得ない。
だというのにオライー君が複雑そうな表情を崩さないところをみると、お姉さんの言葉をそのまま受け取れていないんだろう。
思い込みって怖いよね。
「もちろんだ。とはいうものの、オライー殿が我が家に仕官できるかは、これから課す厳しい実技試験を潜り抜けてからになるがな」
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