第622話 きっかけ

 ゴリ丸のサイズ変更。

 もちろん今の今思いついたわけではなく、その可能性に思い当たったのは、カナリア公爵領での百日修業の時まで遡る。

 ある日、へとへとになりながらもカナリア公の晩酌に付き合っていた僕は、酔った勢いも手伝って対グランパのアドバイスを求めていた。


……

………


「プラティ・ヘッセリンクに勝つにはどうすればいいか、じゃと?」


「ええ。付き合いの長いカナリア公なら、祖父の弱点なりなんなりをご存知なのではないかと」


 対グランパとの戦績が圧倒的負け越し、というかはっきり全敗で、クリーンヒットは不意打ち気味のフライングボディアタックだけという状況を説明すると、カナリア公が呆れたように杯を干しながら笑う。


「お主でもそんなにやられておるのか? あれだけの召喚獣を従えておればいかに炎狂いでもお主を圧倒するなど簡単なことではないだろうに」


「私の可愛い召喚獣のうち二体は身体が大きすぎて地下で喚ぶことができないのです」


 もちろんミケ、マジュラス、ミドリ、メゾ、タンキーも普通ならそれぞれが十分な戦力だけど、対ご先祖様に臨むにあたっては、ゴリ丸とドラゾンを封じられるというハンデがあまりにも大きすぎると訴えた。

 

「なるほどのう。仮に喚んだとしても、炎狂いにとってはいい的でしかない、か」


「仰るとおりです。全力を出せないなかでもそこそこ善戦はできているつもりなのですが、経験と悪辣さの差は埋め難く、勝ちまでは拾えていません」


 なので、藁にもすがる思いでグランパの弱点を教えてくださいというなんとも情けないお願いに繋がったんだけど、カナリア公は無情にも首を横に振った。

 

「結論から言うと、儂の知る限りお主の祖父に弱点などないぞ。褒めるのはとんでもなく癪じゃが、あの男は戦闘行為においていえばほぼ完全無欠よ」


「そこまでですか」


 完全無欠。

 いや、わかっていたつもりだったけどね?

 改めて言われると頭が痛くなる思いだった。


「大体にしてヘッセリンク伯爵などという生き物はお主も含めてほとんどがそうじゃ。その代わり、人間性という点で首を傾げざるを得ない部分が多々見られるがのう」


 人間性と引き換えに戦闘能力にバフが掛かった一族だなんて、まさかそんな。

 

「反論したいところですが、勝ち目がなさそうなのでやめておきましょう」

 

 素直に降参した僕を見てひとしきり笑ったカナリア公。

 

「召喚獣が大きすぎてダメなら、いっそのこと小さくしてみてはどうじゃ。ほれ、あの狼の召喚獣は大きくなったり小さくなったりするじゃろ」


 しょんぼりした顔を見せる僕への慰めのつもりだったのか、軽い調子で口にしたそんな言葉。

 しかし、今思えばこれが大きなヒントになった。


「ミドリは元の姿に戻っているだけなので、単純に大きさが変わってるわけではないんですが……」


 そんな風にカナリア公の言葉を否定したこの時、確かにゴリ丸やドラゾンを小さくできたら面白いことになるんだけどなあと感じ、それがずっと頭の隅に引っ掛かっていたんだ。


「なるほど。それならなおのこと、地道に鍛えるしかあるまい。幸か不幸か、お主らには無限の時間があるのじゃからいつか勝つこともあるじゃろ」


「そうですね。よし。さしあたっては明日も元気に倒れるまで走るとしますか」


「お主を倒れさせるにはどれだけ走らせればいいのじゃろうなあ」


………

……


「と、そんなやりとりがありましてね」


 経緯を説明すると、ステップを踏みつつシャドーボクシングをしてみせるゴリ丸を見やりながらグランパがうっすらと笑う。


「なるほど、ロニー君の言葉が気付きになった、と。とりあえず私が完全無欠なのは戦闘面だけではないのでその点は強く抗議しておいてください」


 事実と異なるのでお断りします。


「魔力を圧縮して召喚獣を空間に最適化させるとは、本当に面白いねレックスは。惜しいのは、完全に感覚だけでそれをやっていることだ」


「ふっ。理論など飾りです。できるものはできるし、できないものはできない。違いますか?」


【よっ! 諦めのよさはヘッセリンク一!】


 あんまり褒めるなよ照れるから。


【余談ですが皮肉です】


 存じ上げております。

 コマンドにも皮肉られてしまう、そんな乱暴とも取れる諦めの良さを披露した僕の顔をまじまじと見つめていた初代様が、これだからヘッセリンクは! と苦い顔で天を仰いだ。

 

「いいかい、レックス。伯爵たるもの、できないことをできるようにするというのも大事だと思うよ?」


 それは否定しないし、なんでもかんでも放り投げているわけではもちろんない。

 ただ、理論立てて自分の召喚術を説明するという一点においては、どこかにぶん投げて久しい。

 

「もし召喚術の説明以外にどうしてもできないことが出てきたら、自慢の家族や家来衆の手を借りて乗り越えますのでご安心を」


 逞しいゴリ丸の背中を撫でながらそう言うと、任せてくれとばかりに咆哮し、四本の腕で地面に叩く。

 

「このとおり、ゴリ丸も気合い十分のようです。さて、それでは参ります」


「いいだろう。実に興味深い現象だからね。精々、じっくり分析させてもらうとしよう」

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