第620話 成長の余地

 初代様と連れ立って最奥の部屋に入ると、そこではご先祖様達が殴り合ったり魔法を撃ち合ったりと大暴れしていた。

 これだけ暴れてればそりゃあ地下も揺れるよね。

 ジャンジャックが暴れたら地下が崩れるかもしれないなんて、無駄な心配だったわけだ。


「おや、レックス。捕まってしまいましたか可哀想に」


 部屋に入ってきた僕を見たグランパが、あーあとばかりに肩をすくめたが、本当に可哀想だと思うなら笑顔なんか浮かばないはずですよね?

 

「初代狂人からは逃げられない。つまりそういうことです」


「おやおや。まるで私が宴への参加を強制したみたいじゃないか。まったく人聞きの悪い」


 親戚同士で殴り合うことを宴とは呼ばないと思うなあ僕は。

 

「あれが強制でないなら、この世に強制なんて言葉はなかったことになると思いますがね。あ、これお土産です」


 望まぬ宴への参加を強制されたお礼がてら、初代様の大好物をその手に握らせておく。

 そう、バリューカ名産、濃緑の葉っぱだ。


「一体どれだけ在庫があるんだい!? とっくの昔に底をついてるべきじゃないかな!?」


 仰るとおりバリューカから持ち帰った分はとっくに消費済みだ。

 初代様が毎日がっつくからみるみるうちにその量を減らしていきました。

 しかし。

 

「ご安心ください。すでに栽培を開始しておりますので底をつくことはございません」


「……これを栽培しなければならないなんて、食糧事情は大丈夫かい?」


 濃緑の葉っぱの栽培に着手したという言葉を受けて、珍しく初代様が目を見開く。

 この顔を見ることができただけで栽培を決めた価値があるというものだね。


「初代様への嫌がらせ用ですので問題はないかと」


 本当はロソネラ公爵領での研究の結果、薬の材料になる可能性が見つかったらしいので栽培に乗り出したんだけど、いつも余裕綽々の初代様の顔をいい具合に歪ませることができて満足です。

 

「よし、いいだろう。先ほどジーカスと手合わせしたところだ。その息子を叩きのめして二代制覇といこうじゃないか」


 よし。

 煽るだけ煽ったし、あとは隙を見て地上に帰るだけだ。

 なんて、もちろん許されるわけもなく。

 どこまでもヘッセリンクからは逃げられないらしい。

 

「おいおい初代の爺様。そりゃずりいよ。たまには俺も坊主とやらせろって。なあ、お前もひいおじいちゃんとやり合いてえよなあ?」


 毒蜘蛛様のお出ましだ。

 ひいおじいちゃんと遊びてえよなあ? でも聞き直すレベルなのに、やり合いてえよなあ? は絶対ひ孫に投げかけていいワードじゃない。

 仕方ない。

 かくなる上は。


「別に私はどちらでも構いませんよ? ああ、そうだ。先にお二人で戦っていただいて、勝った方の相手をして差し上げましょうか」


 初代様対毒蜘蛛さんで殴り合ってもらって、少しでも消耗していただこう。

 もちろん共倒れがベストだけど、それを望むのは見積もりが甘いと笑われるか。


「はっはっは! いいですよレックス! 初代様と父上を相手に見事な啖呵です! 花丸満点をあげましょう」


 頭の上で両手で丸を作って見せるグランパとは対照的に、頬を引くつかせる初代様。

 普通なら気にしないんだろうけど、濃緑の葉っぱからの流れだからね。


「ジダ。息子とひ孫の教育が甘いんじゃないかな?」


「あ? ここにいる全員、元を辿ればあんたに行き着くこと忘れてんのか?」


 毒蜘蛛様の美しいカウンターが決まり、天を仰ぐ初代様。

 ひいおじいちゃんのおかげで僕から意識が逸れてるみたいなので、この隙にお暇するべくそっと入り口に向かおうとすると、足元を複数の火の玉が襲った。

 犯人に視線を向けると、ちっちっちっ、と人差し指を振ってみせる。

 グランパの裏切り者!!


【味方でしたか?】


 ですよね。

 

「……なるほど。それは盲点だった。じゃあ、私の手で若い世代を教育しなければいけないね。うん、やはりここは譲ってもらおう」


 ほら、グランパが邪魔したせいで初代様が冷静さを取り戻しちゃったじゃないですかあ。

 この状態の初代様が厄介なことを理解しているらしいひいおじいちゃんも、不満そうな顔をしながら引き下がる。


「いい子だ。そうだね。ジダは……。ソクラスあたりと遊んでていいよ」


 初代様が指差したのは壁際で我関せずと座り込んでいた細身のおじさん。

 毒蜘蛛をけしかけられたことに気付き、はっきり顔を顰めながら剣を鞘から抜き放つ。


「お、剣王のおっさんかよ。いいねえ! おう、お許しが出たから遊ぼうぜえ!」


 ソクラス・ヘッセリンク。

 ひいおじいちゃんが呼んだとおり、二つ名は『剣王』。

 うん、あの人なら強いから毒蜘蛛さんも満足だろう。

 うきうきと駆けていく実父の背中を嫌そうに見つめていたグランパが、やれやれと首を振った。


「まったく我が父ながら落ち着きがない。それで? 本当にレックスと一対一をやるおつもりですか? 貴方の首を狙う当主陣がずらりと控えていますが」


 それぞれの獲物をぶら下げ、魔力を練り上げながら居並ぶ癖のありそうなおじ様方。

 これはいけない。

 横入りはマナー違反ですよね?

 

「なあに、時間制限があるわけじゃない。私と当代がやりあったところで彼らにとっては一瞬の出来事と変わらないよ」


「それは確かに。ではレックス。逝ってきなさい」


「孫を送り出すにはあまりにも不適切な響きを感じましたが、仕方ありません。どうせ逃げられないのなら、勝てないまでもせめて一矢報いるくらいはしてみせますよ」


 引き延ばしても無駄そうなので、覚悟を決めて普段は省略している魔力の練り上げに移る。

 

「言うじゃないか。でも、そう上手くいくかな? 私は、ジーカスとプラティを二人同時に相手どれるくらいには強いよ?」


「僕は初代様と違ってまだ成長の余地が残っていますからね」


 そう、僕がご先祖様達に確実に勝っているのは、成長できるというその一点だ。

 初代様もそこについて否定するつもりはないようで、深く頷いた。


「それは確かに。若いというのは羨ましいことだよ。では、初めて会ったときと比べてどう成長したか、見せてもらおうかな」


 初手は譲ってくれるらしい。

 優しいね。

 それじゃあ、行こうか。


「おいで、ゴリ丸」


 地下空間に初登場のゴリ丸に、見物していたご先祖様方からおおっ! と声があがる。

 さらにサービス精神旺盛なゴリ丸が四本の手を振ってファンサしたものだからさらに野太い歓声が地下に響いた。

 みんな動物好きらしい。


「おやおや。この子は狭いこの空間では喚ばないんじゃなかったかな? 動きが制限されるうえに、その子の大きさだと私からすれば的でしかない」


「このままではそうでしょうね。なので、こうします。ゴリ丸」


 グッとして、さらにグッとして……パアッ!!


【感覚ぅっ!!】


 そう、感覚だ。

 大きくて不利になるなら、不利にならないよう小さくすればいい。

 というシンプルな考えに基づいて、この地下でも十分に暴れられるよう、ゴリ丸の身体に流れる魔力を思い切り圧縮することで二階建ての家サイズから二メートルくらいまでサイズダウンさせてみた。

 魔力を強引に圧縮したことでゴリ丸に不具合が起きないかが心配だったけど、スタイリッシュに変化した召喚獣筆頭から不調を訴える感情は一切送られてこず、むしろ楽しげに軽快なステップを踏んでみせる。

 ノリノリだね!


「お待たせしました。いかがですか? この姿も可愛いでしょう?」


「可愛いかどうかは置いておいて、これは面白いね。召喚獣の大きさを変えてみせるなんて。だけど、強度の方はどうかな? まさか、小さくした分弱くなりましたなんて、情けないことは言わないだろうね?」

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