第618話 一番強いのは誰だ

 フリーマ医師を囲む会で話題に上がった水魔法使いの確保問題について、先達の意見を聞くため地下を訪ねると、出迎えてくれたパパンに温泉に誘われました。

 何やら奥の部屋から大きな音が聞こえてたけど気にしなくていいらしい。

 大方ひいおじいちゃんとグランパあたりがドンパチやってるんだろう。

 

 親子で温泉に浸かり、コマンドに出してもらった酒を注ぎながら水魔法使いについて尋ねる。


「水魔法使い? ヘラの旦那がそうだっただろう。あとは、ラスブラン侯も水魔法の使い手ではなかったか?」


 そういえばラスブラン侯も水魔法使ってましたね。

 正確には魔法使いと呼べるほどの魔力はないらしいけど、対グランパのためだけに一つの魔法を極めに極めた変態だ。


「それはそうなんですが、そのあたりは我が家に引き抜けないでしょう。そもそも求めているのは戦闘員ではなく、癒しを得意とする人材です」


「ラスブラン侯なら、お前が声をかけたら当主の座を譲って隠居がてらにオーレナングに来るかもしれないが」


 否定できない。

 ラスブラン侯なんてとっくに引退していてもおかしくない歳だし、もし僕が隠居したらオーレナングに来ませんか? って誘ったらOKしてくれるだろう。

 その場合、エリクスやデミケルのレベルアップと引き換えに、我が家に対する王城側の警戒がさらに引き上げられるのは避けられない。


「私の認識では属性魔法使いのなかで最も数が少ないのが水魔法使いだ。そのなかでも、癒しを使えるとなればその数はさらに減る」


 パパンが手酌でくいくいやりながら言う。

 数が少ない水魔法使いの中でもさらにレアなのが癒しの使い手。

 となれば、フリーマを囲む会でも話が出たとおり、目ぼしい人材は既に然るべき団体に囲い込まれている、か。


「これは、後発で人材を確保するのは難しそうですね」


 今更癒しの使い手この指とーまれ! って言っても誰も来てくれそうにない。

 今属している団体を上回るメリットを提示すればその限りではないかもしれないけど、ここは地獄の一丁目オーレナングだしなあ。


「出来上がっている人間を求めるならそうだろうな。実際断られたのだろう?」


「ええ。懇意にしている国都の医師に声をかけたのですが、一貴族に仕えるのではなく一人の医師として多くの人を救いたいと」


「その類の人間は、無理やり連れてきたところで十全に力を発揮してはくれないだろう」


 使命を上回るメリットなんて、誰にも提示できないからね。

 ただ、フリーマに限ってはうちのイケオジユニットで押せば陥ちてた可能性があるから悔やまれる。


「仰るとおりかと。やはり、学院に問い合わせてみて、これはという人材を育てるのが遠回りのようで一番の近道ということですね。ありがとうございます、父上。参考になりました」


「構わんさ。何をとち狂ったか、ジジイどもが誰が一番強いか決めるなどと言い始めてな。不毛な殴り合いを見ているよりも息子の相談に乗る方がはるかに建設的だ」


 てっきり毒蜘蛛対炎狂いでもやってると思ったら、全員参加のトーナメントだったらしい。


「なるほど。だから先程からとんでもない音が響いているのですか。相変わらず皆さんお元気ですね」


 老いてなお現役どころか、揃いも揃って死んでまで現役なんだから頭が下がる思いだ。 

 

「死んだあとくらい大人しくしていればいいものを、ヘッセリンクというのはどうしようもない」


 現役時代は自らもまあまあやらかしていたらしい巨人槍さんがやれやれと首を振るが、ツッコミは控えさせてもらおう。

 全裸で実父と殴り合うのは避けたい。

 

「しかし、父上は参加されないのですか? あの方々に、素直に不参加を認めるような優しさがあるわけないと思うのですが」


 僕の質問に、杯の中の酒を干し、注ぎ、干し、注ぎ、干しと繰り返した後、肩をすくめるパパン。


「初戦で初代様に当たった。他に質問は?」


「いえ、ありません」


 何事もないように言ってますが、アクションに動揺が滲み出てましたよ?

 髭もプルプルしてるし、よっぽど一回戦負けが悔しかったらしい。

 空気読みに長けた僕なので、ここは踏み込んだり煽ったりせず流しておく。

 

「よろしい。それと、これは父から愛する息子への助言なのだが。こんなところでゆっくりしているところを見つかったら確実に参加を強制されるぞ?」


「それはまずい!」


 一刻も早く地下から逃げ出さなければと人生で一番だろう速度で身体を拭き、服を着てパパンへの挨拶もそこそこに駆け出そうとしたその時。

 無情にも、地獄からの迎えが姿を現した。


「ジーカス。こんなとこにいたのかい? そろそろ敗者復活戦が始まる時間だよ……っと。なんだ、当代殿がいらっしゃるじゃないかあ」


 僕の姿を認めた初代様が、いいものみーつけた、とばかりにニヤリと笑う。

 くっ、なんてイヤらしい笑い方なんだ!


【レックス様もよく似たような顔をされていますよ?】


 失礼な!

 僕の笑顔はもっとこう、ほら、あれ。

 だめだ、焦りで言葉が出てこない!


【爽やか?】

 

 それ!


【……ふふっ】


 笑われた!?

 いや、今はそれどころじゃないからあとでじっくり話し合おう。

 

「いえ、少し父に聞きたいことがございまして。今用事が終わりましたので、これにて失礼いたします」

 

 混乱する頭でなんとかそう伝えてみたものの、当然そんなことで元祖狂人殿が許してくれるわけもなく。

 

「まあまあ。そう急がなくてもいいじゃないか。いやあ、当代が飛び入り参加なんて、みんな喜ぶよ。まさか、帰るなんて野暮なこと、言わないよねえ?」


【レックス様、ファイト♪】


……

………


《読者様へのお知らせ》

いつもお付き合いいただきありがとうございます。

近況ノートでもお知らせしましたが、本作の第二巻が2024.6.25に発売されることになりました。

web版にない間章を加筆しており、引き続きとよた瑣織先生の素敵なイラストもお楽しみいただけます。

ぜひお買い求めください( ͡° ͜ʖ ͡°)


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