第486話 話し合いのち制圧開始 ※主人公視点外

「大人しくしていれば危害は加えん。我々は暗殺などという後ろ暗い仕事に従事しちゃあいるが、その分人より紳士であることを旨としてるからな」


 食堂に案内されてきた二十人ほどの集団から進み出た男達。

 数人は既に部屋の外に駆け出し、残った男達もそれぞれが刃物を抜いてこちらを威嚇していた。

 代表で口を開いたのは私と同年代か少し下に見える髪の白い男。

 決して歴戦の勇士には見えないが、人が見かけによらないことをこの世で一番理解しているのは私達ヘッセリンク伯爵家の家来衆だ。

 

「紳士的な暗殺者ですか。まあ、いないわけではないでしょう。それで、いつお帰りいただけるのでしょうか?」


 ここにいるのは基本的に若い家来衆。

 年嵩なのは私とビーダーさんだが、そうなると立場上私が話をすることになる。

 

「目標を確保でき次第すぐにでも。抵抗さえしなければお仲間も怪我をすることはないだろうさ」


 ふむ。

 間違いなく抵抗するだろうから多かれ少なかれ怪我はあるだろう。

 もちろんあちらの方々に。


「なるほど。雰囲気から察するに貴方が指導者的な役割を担っているのでしょうね」


 こちらは私が、あちらは白髪の男が。

 仲良くもないのにお互い柔和な笑顔を浮かべて言葉を交わす。


「指導者なんてとんでもない。いいとこ小隊長程度だ。どの組織もそうだが、上が詰まっていると力があっても出世が難しくてな」


 国外遠征を任される力があるのにその歳で出世できていないということは相当上に煙たがられているんだろう。

 可哀想に。


「それはそれは。しかし驚きました。ついていらっしゃったご家来衆のなかに、こんなに暗殺者の方がいるとは」

 

「俺もどうかとは思ったんだが、ジャルティク貴族ってのはそんなもんでな。反吐が出るが、雇われの身としては文句も言いづらい」


「おやおや。では我が家に仕官してみますか? とりあえず反吐が出るような思いはせずに済みますよ?」


 半分本気の私の誘いに、男は肩を揺らして笑う。

 比較的話ができるところを見ると、紳士であろうとしているのは本当のようだ。


「他国の暗殺者に仕官を勧めるなんて、肝の太いおっさんだな。ただ、つつしんでお断りする。腐った国でも故郷だし、少ないながら可愛い部下もいるんだ」


 刃物を抜いた彼らが可愛い部下なのだろう。

 柄にもない台詞だったのか、口々に上司らしい白髪の男にヤジを飛ばす。

 敵の緩い雰囲気に、ザロッタさん、リセさん、さらにはデミケルさんあたりが今にも敵方に飛びかかりそうだったが、マハダビキアさんとビーダーさんが手振りで落ち着けと合図を送っている。


「それは残念。では精々ゆっくりと待たせていただきましょうか。ステムさん、リセさん。皆さんにお茶を出してあげてください」


 抵抗しなければいいのであればそうするまで。

 ステムさん達が淹れ方を練習中のお茶を振る舞う。

 ジャルティク側の供回り用に軽食を用意していたのは本当なので、ついでにそちらも出しておいた。

 思わぬもてなしに白髪の男は妙な具合に顔を歪ませたが、毒見のつもりかパンを一つ手に取って豪快に齧り付き、危険がないことを確認して部下に食べてよしと合図を出す。

 食堂に、咀嚼音だけが響く不思議な時間が流れた。

 どのくらいそうしていただろうか。

 静寂に耐えきれなかったのか、白髪の男が私にこう語りかけた。


「俺が言うのもなんだが、怖いほど落ち着いてるな。いつ俺達が襲いかかるかわからないってのに」

 

「抵抗しなければ危害は加えないのでしょう? ならそうするだけです。そう時間もかからず結果が出るでしょうしね」


 数人が部屋の外に出て、相応の時間が経過していることを考えればそろそろどこかで決着がついていてもおかしくはない。


「自信があるんだな。ただ、夢は見ない方がいい。飛び出した部下達は、ジャルティクでその名を聞けば誰もが震え上がる自慢の手練だ。特に仮面をつけていた執事服」


「ああ、いらっしゃいましたね」


 黒装束の男達とは明らかに違う、一際異彩を放っていた背の高い仮面をつけた人物。

 

「ガブリエっつうんだが、現役で一番の使い手だ。やる気にムラがあるのが欠点だが、やつと相対する相手は不幸だろうな」


 なるほど。

 敵にも自慢の手練れがいると。

 ガブリエ。

 名前は覚えておこう。

 そんなことを考えていると、食堂の入り口に黒装束の男が立った。


「帰ってきたようだな。思ったより時間がかかったようだが……」


 労いの言葉をかけようと立ち上がった男が黙り込んだのは、直前まで立っていた部下が急に前のめりに倒れ込んだから。

 受け身も取れず顔面から倒れたところを見ると、気を失っているのだろう。

 

「お待たせしてしまいましたかな? いや、若者への指導に熱が入ってしまいました。こちらはだいぶ穏やかなものですね」


 男の代わりに姿を現したのはジャンジャックさん。

 おそらく賊と交戦した後のはずだが、まるで腹を空かせて食堂を訪れたような気軽さだ。


「下手に暴れては食堂が壊れてしまいますからね。無駄な出費は避けなければ」


 正直に言うと、抵抗しようと思えばできた。

 伯爵様からも、敵対するならば手加減無用というお墨付きをいただいている。

 が、しかし。

 食堂組の主力がステムさんで、その相棒が熊の召喚獣ボークンであることを考えれば、下手に暴れられると食堂がめちゃくちゃになってしまう。

 つまり、積極的に屋敷を壊すようなことは避けようという配慮に基づいた無抵抗だったわけだ。


「流石はハメスロットさん。私などはついつい楽しみ過ぎる。ユミカさんの目もあってはしゃいでしまいました。床と壁と窓の修繕をお願いしますよ」


 そんな配慮も同僚達が好き勝手に暴れれば無駄な努力というわけだ。

 ジャンジャックさんのすっきりした顔を見れば、相当暴れてきたのがわかる。

 思わずため息が出たのも仕方ないことだろう。


「はあ……。おそらく伯爵様の方も多かれ少なかれ部屋の修繕が必要になるのでしょうね。マハダビキアさん」


 この部屋の主の名を呼ぶと、苦笑いを浮かべながら手をひらひらと張って見せる。

 

「はいはい。まあだいぶ古くなってるからね。いいよ、壊しちゃっても。作り替える時は俺達の意見も聞いてくれるんだろ?」


 マハダビキアさんの質問には軽く頷くことで肯定しておく。

 料理長の言葉に、ビーダーさんも仕方ないとばかりに頷いてくれた。

 やむを得ないか。


「では、ステムさん」


「ん? お茶のおかわり?」


 今日のお茶は上手くいったとご満悦のメイド風召喚士が、ポットを持ち上げて笑う。

 

「いいえ。作戦変更です。食堂を壊してしまっても構いません。賊の制圧をお願いします」


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