第276話 国都近くの温泉にて
「まあ、一杯やらんか」
ここは国都の北に位置する、さる貴族領。
今僕は、この貴族領の山の中にある温泉でくつろいでいる。
偽物騒ぎについて報告した手紙を読んだカナリア公からの招集を受けた形だけど、とりあえず難しい話はあとじゃ! とばかりにあれよあれよと領主の屋敷の裏手にある山に連れて行かれ、おじ様方と裸の付き合いを展開するに至った。
今僕の目の前でリラックスしてお湯に浸かっているのは、カナリア公、アルテミトス侯、カニルーニャ伯のイケてるおじ様スリートップに、護衛役のジャンジャック。
おじ様方は温泉に浸かりつつ酒を飲むという大人の遊びに興じていた。
しかし、嫌になるな。
なにがって、目の前のおじ様方の肉体美ですよ。
カナリア公やアルテミトス侯が、歳に似合わず嫌になるほどの筋肉を搭載していることは知っていた。
カナリア公なんか戦場で見せつけてるのかと思うくらい常時上裸だったし。
しかし、武闘派じゃないはずのカニルーニャ伯まで腹筋が割れてるのはなぜなんでしょうか。
大穀倉地帯を治める、どちらかというと文官寄りの貴族様じゃなかったですか?
義理の息子を超える筋肉つけるほど鍛える必要あります?
そんな嫉妬に似た感情に駆られながらも、この人たちは特殊だと思い直し、カナリア公から注いでもらった酒をグビリと煽る。
喉が焼けるこの感じ。
いつものあの酒蔵だな。
「国都の側にこのような温泉が湧いているとは、不覚にも知りませんでした」
「カナリア派が囲い込んでいる場所じゃからのう」
「囲い込んでるというか、サルヴァ子爵領でしょう、ここは」
そう。
今いる領地の主は、カナリア公の右腕にしてジャンジャックの親友というやばそうな肩書を持っているのに常識を持ち合わせた素敵なおじ様こと、サルヴァ子爵だ。
「あー、しかし癒されますな。このとろみのある湯がたまりません」
「ほう、通じゃなヘッセリンクの。その若さで湯の良し悪しがわかるとは。見どころがある」
良し悪しなんて大袈裟なものじゃないけど、この筋肉ダルマなおじ様方と浸かっていてもリラックスできるんだからそれ相応の効果があるんだろう。
あ、アルテミトス侯。
大胸筋をピクピクさせるのやめてもらえます?
腹立つんで。
「レックス様は様々な文化に精通されていらっしゃいます。幼いレックス様の温泉行脚にお供したのが懐かしくも、昨日のことのように思い出されます」
まじかレックス・ヘッセリンク。
その情報は知らなかった。
あとでコマンドに確認しておかないと。
「子供の趣味にしては渋いな、ヘッセリンク伯」
僕もそう思うけど、そんなアルテミトス侯の言葉にカナリア公が首を振り、ザバンッ! としぶきをあげながら立ち上がる。
「何を言うかアルテミトスの。温泉好きに子供も大人もない。そこにあるのは湯を愛する気持ちだけじゃ!」
何が琴線に触れたのか温泉の素晴らしさについて大演説が始まった。
それを受けて聞き飽きたと言うように眉間に皺を寄せるアルテミトス侯。
「カナリア公、貴方の温泉狂っぷりは常軌を逸していると自覚してください。土魔法使いを雇って自領で温泉を掘り当てるなどと」
「それはすごい。ふむ、オーレナングでも似たようなことができるのではないだろうか。そうすれば、日々身体を酷使している家来衆の疲労を軽減できるのですが」
仕事終わりにみんなで温泉なんていいじゃないか。
今みたいにお酒を飲みながら家来衆を労えたら士気もあがるだろうし。
「前提条件として必要なのは広い土地と凄腕の土魔法使いじゃからな。お主のところは今の時点で満たしておる。あとは、運次第じゃ」
広い土地はある。
凄腕の土魔法使いが一名とその弟子もいる。
なるほど、いけるな。
「運ですか。比較的運はいいほうなので期待できるかもしれません」
混じりっ気なしの本音だったんだけど、お義父さんも含めておじ様方は一様に苦笑いを浮かべている。
「偽物騒動が起きとる時点で運がいいかどうか疑問ではあるが。しかし、どこの阿呆が何の目的でヘッセリンク伯を騙ったのか。私なら恐ろしくてそんな馬鹿な真似思いつきもしない」
「とりあえず、貴族ではないじゃろう。儂等はヘッセリンク伯爵家がどんな生き物か重々承知しておるからのう。となると、平民になるのじゃが」
それは僕も考えたんだけど、バレたら極刑なんて重過ぎるリスクを背負ってまで、一般の方々がヘッセリンクを名乗る利益なんかないんじゃないだろうか。
「なにかしらの利益を得ようとしているのか、悪名高いヘッセリンク伯への憧れでもあるのか、はたまた過去に因縁でもあるか」
「学院を卒業するまで暴れ回っておったんじゃろう? 案外その因縁というやつが正解かもしれんな」
因縁かあ。
レックス・ヘッセリンクは色々やらかしてそうだから否定できないのが怖い。
「相手の正体がわからないうちは、考えても仕方のないことですからね。今我が家の家来衆が尻尾を掴むために鋭意動いているところです。何かわかるまではゆっくりさせてもらいます」
「えらく落ち着いているな。怒り心頭で国都に乗り込んでくるのではと心配でやってきたというのに。肩透かしを食らった気分だ」
そんなアルテミトス侯の言葉に、深く頷くカニルーニャ伯。
どうやらお二人は僕が怒りに任せて国都からチンピラ狩りでも始めるのではないかと心配で駆けつけてくれたらしい。
一応、今のところそんなことをするつもりはないと断っておく。
「家来衆が軒並み怒りに打ち震えているのを見て冷静になっているだけです。なにかあったら私にしか止められないでしょうからね」
「ジャン坊やオドルスキに暴れられたら敵わん。頼むから冷静なままでいるんじゃぞ?」
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