第198話 結団式

 王城、玉座の間。

 冗談みたいなサイズの真紅の椅子に深く腰掛けた陛下が、最大限の威厳を込めた低音をもって言葉を紡ぐ。


「ブルヘージュ表敬使節団の結団にあたり、アルテミトス侯爵ロベルト・アルテミトスを使節団団長に任命する。ブルヘージュとの友好を深める足掛かりを作ってまいれ」


「謹んで拝命いたします」


 非公式ながら僕の後見人を務めてくれている『鉄血』ことアルテミトス侯爵が、正式にブルヘージュについて来てくれることになった。

 僕の手綱を握らせたら国内で一、二を争うおじ様だ。

 

「カニルーニャ伯爵アイル・カニルーニャ。使節団副団長に任命する。団長であるアルテミトス侯をよく補佐してやれ」


 同じく、エイミーちゃんのお父様、つまり僕の義理のお父さんであるカニルーニャ伯も同行を決断してくださった。

 僕の手綱を握らせたら国内で一、二を争うおじ様だ。


「微力を尽くすことを誓わせていただきます」


 お義父さんが簡潔に決意を伝えると、軽く頷いた陛下が僕に視線を向ける。

 団長、副団長ときて、僕は平団員としてブルヘージュに向かう予定となっている。


「そして、ヘッセリンク伯爵レックス・ヘッセリンクを使節団員とする。くれぐれもアルテミトス侯とカニルーニャ伯の言うこと守ること。よいな?」

 

 おばあちゃんの家に泊まりに行く子供への注意か。

 あまりの子供扱いに空白が生まれたけど、カニルーニャ伯の鋭い視線を受けてバグった思考が復帰する。


「……はっ! 尊敬して止まないお二人にご迷惑をかけぬよう、精一杯努めてまいります」


 お義父さんの視線こえー。

 陛下のお言葉には即反応。

 以前叩き込まれた謁見マナーの一つだった。

 鉄則を遵守しおかげで、陛下の笑顔を維持することができた。


「うむ。アルテミトス侯、カニルーニャ伯。頼むぞ。ヘッセリンク伯は氾濫を抑え込むなどレプミアの守護神と呼ぶに相応しい活躍ぶりを見せているが、若さゆえの無鉄砲な部分も多く見られるからな」


 陛下がわざとらしく苦い顔を作ってため息を吐く。

 ああ、これはいつものユーモアタイムに入ったわけだな。

 陛下のユーモアに対してこちらも精一杯のユーモアを打ち返すという不毛なやり取りだ。


「ヘッセリンク伯のそれは若さには起因していないものと愚考いたしますが、他でもない陛下のお言葉でございます。必ずやヘッセリンク伯がブルヘージュで良からぬことに巻き込まれぬよう目を光らせておきましょう」


 アルテミトス侯、これはいけない。

 ユーモアが行方不明ですよ!

 心の中でそう突っ込む僕を尻目に声を上げて笑う陛下。

 嘘だろ、どこに笑う余地があった?

 

「以前も申し上げましたが、貴族としてではなく、義理の父として、ヘッセリンク伯が良い経験を積めるよう手助けしたいと思っております」


 優しいお義父さん大好き!!

 今のカニルーニャ伯の台詞のユーモア部分は、『貴族としてではなく、義理の父として』の部分なんだろう。

 それが読み取れたとて、満足げに笑う陛下のツボが理解できないのに変わりはないのだけど。


「頼もしい限りだ。まったく、どこからこの話を聞きつけたのかカナリア公が自分も連れて行けとうるさくて敵わん」


 あ、カナリア公に漏らしたのは僕ですね。

 もしかしたらカナリア公にも話がいくかもしれないんでよろしくお願いしますという手紙を送ったので。

 宰相は気付いてるな。

 こっち見て怖い笑顔浮かべてるし。

 ややこしくなるから陛下には黙ってるってところか。


「それはそれは。まあ、それだけお元気であれば代替わりまでだいぶ間がありそうですな」


 カニルーニャ伯の苦笑い混じりの言葉に本気の渋面を浮かべる陛下。

 

「元気なうちに引き継ぎを行わねば何かあったときになんとするのか。まったく」


 陛下の心配もわからなくはないけど、相手はあのカナリア公だ。

 いまだに一世代どころか二世代下の当主とも渡り合えるバイタリティがあるので取り越し苦労だと思います。


「カナリア公の存在が貴族の引き締めに寄与しているのもまた事実。元気でいらっしゃるうちは活躍していただきましょう。王太子殿下の御代には、カナリア公の薫陶を受けたこのヘッセリンク伯がその役割を果たすのかもしれませんな」


「私は妻一筋ですので遠慮いたします」


「カニルーニャ伯の前でその役割を継げなどというわけがないだろう!」 


 やだなあアルテミトス侯、ユーモア! 

 ユーモアですから怒らないでくださいよ。

 

「なあヘッセリンク伯よ。頼むから大人しくしていてくれよ? 国外での過ぎたやんちゃは庇いきれん」


 真剣な顔で釘を刺さしてくるアルテミトス侯に反論する前に、カニルーニャ伯までもが被せてくる。


「それは私からもお願いしておこう。近々子供も生まれるのだ。落ち着くことを覚えるにはいい機会でしょうな」


 子供のことを言われると弱い。

 生まれてくる子が将来、あのヘッセリンクかと怖がられたりしないように今からしっかりしないといけないな。

 いきなり狂人の二つ名は消えないだろうけど、今代のヘッセリンクは意外とまともという評価くらいまで改善したい。


「この度はお二人を巻き込んだ形になり大変申し訳なく。先にお伝えしましたとおり、今回の私の目的は家来衆の里帰りの付き添いです。積極的に騒動を起こすつもりはございません」


 騒動を起こす気がないのは本当だ。

 行って帰ってくるだけなので、よほど先方で絡まれたりしない限りは腕力に訴えるなんていうことは起こり得ないはず。

 しかし、僕の言葉を受けたアルテミトス侯は、大袈裟に肩をすくめながら使節団副団長たるカニルーニャ伯に問いかける。

 

「どう思われるかな? カニルーニャ伯」


「十中八九何か起きるでしょう。そこをどう上手く切り抜け、乗り越えるか。一つヘッセリンク伯の対応に期待したいと思っております」


 どこかに何も起きない方に賭ける人はいませんかねえ。


【レックス様、ドンマイ】


 うるさいやい!

 

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