第183話 デート ※主人公視点外
慣れない深酒で二日酔いになって起き上がることもできないお父様やお兄様と違い、私の旦那様であるフィルミーさんは今日も朝から日課の走り込みを済ませて朝食を食べています。
ジャンジャックさんが言っていました。
フィルミーさんの肝臓は英雄級だって。
一昔前の国軍にいたら、確実にカナリア公爵様かアルテミトス侯爵様の部隊に配属されてたはずだと。
本当ならフィルミーさんと領内を見て回る予定だったお父様ですが、あの調子だときっと夕方まで起きてはこないでしょう。
だから、旦那様に二人で街を歩きたいとおねだりをしてみました。
「フィルミーさん、次は甘いものを買いに行きましょう! 子供の頃から好きなお店があるんです!」
普段はお仕事優先の真面目なフィルミーさんですが、この日は二つ返事でお出かけに付き合ってくれました。
二人きりで出かけるのは初めてです。
だって、オーレナングには森しかありませんから。
私の大好きなセアニア領を二人きりで歩けるなんてなんて幸せなんでしょう。
「伯爵様からは休暇ををたっぷりいただいたんだ。ゆっくり回ろう。私も、セアニア男爵領をじっくり見て回って勉強したいしね」
はしゃぐ私に諭すように声をかける年上の旦那様。
「もう、真面目なんですから!」
同じようにはしゃいでほしいとは言いませんけど、もう少しウキウキした感じを出してくれてもいいのに。
まあ、そんな堅いところも素敵だとは思うのですけど。
「いらっしゃいませ、イリナお嬢様。おお、噂の旦那様ですか! さ、どうぞどうぞ」
幼い頃から贔屓にしていた店に着くと、馴染みの店長さんがにこやかな笑顔で歓迎してくれます。
フィルミーさんのことは昨日の広場での紹介で広まっているようでした。
買い物を済ませると、店長さんがフィルミーさんにクッキーを一袋渡しながら頭を深々と下げます。
「こいつはおまけです。フィルミー様、どうかイリナお嬢様をよろしくお願いいたします」
戸惑ったような表情を浮かべたのは一瞬だけ。
すぐに私の大好きな優しい、でも力強い笑顔で頷いてくれました。
そんなことが複数のお店で繰り返されるに至ってはフィルミーさんも少し苦笑いを浮かべています。
「愛されているね、イリナは」
「領民の皆は昔から優しくしてくれるんです。ヘッセリンク伯爵家に奉公に出ることが決まった時には泣いてくれた人達もいるんですよ?」
私を可愛がってくれた皆さんが屋敷に詰めかけたそうですが、詰めかけた理由は私を奉公に出すこと自体にではなく、奉公先が悪名高いヘッセリンク伯爵家だったことらしいです。
でも、結果的に私はヘッセリンク家で素敵な人達と出会うことができました。
伯爵様、奥様、ジャンジャックさん、オドルスキさん、アリスさん、メアリ、クーデル、マハダビキアさん、ユミカちゃん、ハメスロットさん、エリクス、アデルさん、ビーダーさん。
そして、大好きなフィルミーさんにも。
あの時、お父様に従ってオーレナングに向かった自分を褒めてあげたいです。
「それはすごい。そうか、イリナを泣かせたらセアニア領の人々が敵に回るわけか。それは怖いな」
「泣かせる予定があるんですか?」
「今のところないな。これから先もないつもりだよ」
フィルミーさんは微笑みながら私の頭を撫でてくれます。
ごつごつしてるけど、大きくて分厚いこの手で撫でられるのが大好きです。
「ふふっ。嬉しい!」
思わず逞しい腕に抱きついてしまいました。
「こらこら、こんな往来でよさないか。領民の皆さんが見ているよ」
そう言いながら、優しいフィルミーさんは無理やり振りほどいたりしません。
周りの人達の視線もありますが、大丈夫、みんな好意的なものですから。
お父様やお兄様が見たらはしたないと叱られるでしょうが、幸い屋敷のベッドでダウンしているのでその心配もありません。
「いいんです! 私はこんなに幸せだよって、私を愛してくれた皆に見てもらいたいんです!」
だから、もう少しこのままがいいです。
フィルミーさんが周りを見回すと、私たちに温かい視線を送ってくれていた皆さんから一斉に歓声が上がりました。
「本当に好意的なことに驚くが、そうだな。じゃあ、このまま少し歩くとしようか。オーレナングに戻ったら二人で出歩く機会もないからね」
ありがとうみんな!
背の高いフィルミーさんの腕にぶら下がるようにしがみつきながら歩きます。
「優しい旦那様で幸せです。私、伯爵様と奥様や、オドルスキさんとアリスさんみたいな、あんな夫婦になりたいです」
メアリを溺愛し過ぎてとんでもないことになっているあのクーデルが
結婚するまでは端から見ていてじれったくて仕方なかったけど、夫婦になってからはお互いを尊敬し合っていることが伝わってくるオドルスキさんとアリスさん。
どちらも憧れの夫婦です。
「伯爵様と奥様は普通でない部分が多すぎて参考にするのは難しいな……。オドルスキ殿のところなら、なんとかなるか?」
むう、伯爵様ご夫婦は確かに普通ではない面が目立ちますからね。
では、オドルスキさんとアリスさんのようなお互いに尊敬し合う夫婦を目指しましょう。
「ユミカちゃんみたいな可愛い、天使みたいな女の子がほしいです」
「……子供か」
フィルミーさんがしみじみと呟くのを聞いて気づきましたが、わ、私ったらなんてことを!
旦那様になることが決まっているとは言え、殿方に子供が欲しいなんて、そんな!
「あ、違うんです! そういうことじゃなくって。あの!」
フィルミーさんに、はしたない女だと思われていないか心配でしたが、笑いながら頬を撫でてくれてホッとしました。
「そんなに焦られると私も照れるな。でも、そうだな、ユミカやクーデルのような女の子か、メアリやエリクスのような男の子か。いずれにしてもイリナの子供なら可愛いだろうね」
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