第157話 ブーメラン
現在、僕とリスチャード、フィルミーの三人で王城に向かっている。
移動手段は二頭立ての馬車。
引くのは二頭とも軍馬で、ワゴン部分には複雑な模様を刻まれた、無駄に豪華なものだった。
迎えに来たこの馬車を見たフィルミーが、うめき声を上げながら顔を覆ってしまうレベルで目立つ。
僕もこれはやり過ぎじゃないかと思ったが、リスチャード曰く舐められたら負け、らしい。
その考えは全くそのとおりなので、我が家もフィルミーの服にはかなり金を掛けた。
それはもう、アリスと、なによりイリナが圧倒的な熱意をもって生地から厳選し、流行を調べ、フィルミーの体型をつぶさに精査して作りあげ、見た目だけなら立派な貴族候補が出来上がっている。
せっかくそこまでやったのに、普通の馬車使ったらチグハグでしょうが! ハッタリかましなさいよ! ということらしい。
確かにその服でこの馬車に乗ればフィルミーを平民と見る人間は少ないだろう。
「本当にやるのですか?」
「なに? ここまできて怖気付いてるの? 肝っ玉の小さい男は嫌われるわよ?」
溜息混じりのフィルミーの呟きを聞いたリスチャードが可笑しそうに唇を吊り上げた。
「それはそうでしょう。むしろずっと怖気付いていますよ。伯爵様のお手を煩わせるだけでも胃が痛むのに、リスチャード様まで巻き込まれては」
「気にするな。リスチャードはただの証人役だ。ヘラに逢いに来るついでに少し時間を割いてもらうだけさ」
僕達のお願いに付き合うためにリスチャードも国都にいるんだけど、本当に頻繁にヘラに会いに来るんだよ。
ちゃんと打ち合わせやらなんやらには付き合ってくれるんだけど、隙があればヘラの部屋に行こうとする。
「次期公爵様の貴重な時間を平民が使うのですよ?」
「次期公爵だと思うから緊張するんだ。僕の友人だと思えばそこまで固くならずに済むだろう」
「狂人レックス・ヘッセリンクの親友である麒麟児リスチャード・クリスウッドをつかまえて、固くならずに接することができる平民がいるなら顔が見たいものですな」
だから、その狂人とか麒麟児とかの二つ名が威圧感を与えているんじゃないだろうか。
年下の雇い主の友達って感覚の方が気楽だと思うよ?
「我が家の家来衆は大体そうだろう。ユミカなどリスチャードの膝の上で菓子を食べるぞ」
最初は行儀良く遠慮していたユミカも、リスチャードがベタベタに甘やかしたことで、今では完全に慣れている。
「可愛いのよねえ。リス兄様もっとお菓子ほしいの、なんておねだりされたらつい甘やかしちゃうわ」
そしてさらに甘やかすという悪循環。
それは我が家の家来衆全員が抱える問題でもある。
「伯爵様の家来衆は普通じゃないとご理解ください」
「おやおや。お前もその普通じゃない集団の一人ではなかったか?」
フィルミーの発した言葉は、ブーメランとなり、美しい弧を描いて彼を直撃した。
僕の指摘に苦虫を噛み潰したよう顔を見せる鏖殺将軍二世候補。
おいおい、いつもの爽やかさはどこに置いてきたんだい?
「まあ、事は既に動き出している。諦めろフィルミー。お前はイリナと幸せになることだけを考えておけばいい」
「そうそう。この狂人様は動き出したら簡単には止まらないわよ? 行き着く先が天国
か地獄かわからないのに、とにかく全速力で走り抜けるんだから」
褒められてる、よね?
いや、いくら僕でも地獄だとわかれば止まって引き返すくらいの分別はある。
人を猪みたいに言わないでほしい。
「存じ上げております。現在も、全速力で無軌道に走り回る伯爵様を見失わないよう必死ですので」
そんな雇い主の気持ちとは裏腹に、地獄でも走りまわることを肯定する常識人系斥候のフィルミーさん。
無軌道とか言うんじゃない。
周りが暴れるから軌道修正した結果、無軌道になってるだけだから。
「宰相も、こうも頻繁にあんたと顔を合わせるなんて思ってなかったでしょうね。ヘッセリンクなんて、基本オーレナングに篭って出てこないうえに、たまに出てきたって屋敷で奥方に会ってそのまま帰るっていうのが基本動作だって聞いたことがあるわよ?」
領地に引き篭もって魔獣を狩ることに精を出す謎の貴族、ヘッセリンク伯爵家。
王城にもめったに顔を出さず、国都の屋敷で奥さんの顔を見たら社交もせずに帰領する孤高の存在。
それ、多分人付き合いが苦手なシャイガイが多かっただけなんじゃないかなと疑っている。
「必要があれば登城くらいするさ。しかも今回は家来衆の未来がかかっているんだから余計横着をしてられない」
「レックスったら、いい雇い主ね。義理の弟として鼻が高いわ」
「おい、まだ婚約してるだけだ。先日も言おうと思っていたのだが、あまり調子に乗ってイチャイチャするんじゃないぞ?」
本当に妹に会いに来すぎだからね?
最近、ヘラの方もリスチャードが来ない日は寂しそうにしてるから半端なことやめてもらえるかな?
いやしかしそれを解決するにはこいつがうちに住むか妹をあちらに行かせるしかなくなるからそれはそれで僕としては承服しかねるわけで。
複雑な感情のままゼロ距離でメンチをきる僕に、負けじと額を押し付けて臨戦態勢のリスチャード。
美しく並んだ歯を剥き出した笑顔は、彼に憧れる世の女性には見せられない。
「やだあ、凄い顔するじゃない。学生時代の模擬戦みたいにその横っ面張り飛ばすわよ?」
「お前の打撃なんか受けたら僕の首がもげるからやめてくださいすいませんでした」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます