第140話 お医者さん到着

 国都の医者を連れてメアリが帰ってきた。

 ママンからの手紙を読むに、僕やヘラ、さらにはアヤセの出産に携わった先生のお弟子さんなんだとか。

 この世界では、水魔法の使い手の中でも癒しに特化した才能の持ち主を指して医者と呼ぶそうだ。

 僕の知り合いでは、リスチャードが水魔法を得意としているらしい。

 ただ、マッデストサラマンドに頭突きして負った傷を治していなかったところを見ると、そっち方面は苦手なのかもしれない。


「流石はお袋さん。話が早いのなんのって。余計なことなんか一切聞かずに、兄貴からの手紙に視線走らせた次の瞬間には大奥様自ら医者のとこに向かう準備よ。痺れるぜ」


 オーレナングと国都の間を数日で往復するという強行軍だったにも関わらず、メアリの様子は普段と変わらない。

 いつか僕のことをスタミナが凄いと評してくれたが、そのままそっくりお返ししたいと思う。

 

「そうか。まあ、母上は貴族のあれこれについてそこまではうるさい方ではないからな」


 受け取った手紙も実にあっさりしたもので、医者について少し触れてある以外はエイミーちゃんを大事にしろと添えてあるだけ。

 やや過激なところはあるけど、いい母親だよ。

 

「まあ、前触れもなしにヘッセリンクの大奥様が訪ねたもんだから先生方は大慌てだったけど」


「普段なら母上に小言の一つも言うところだが、今回は緊急事態だからな。後日詫びの品を送っておこう」


「そうしてくれよ。傍から見たらヘッセリンク家が強権発動して医者を一人拉致したって感じだから」


 それはいけない。

 国都なんていう人の目があり過ぎる場所で我が家の親族が暴れたとなると、狂人ポイントが貯まってしまう。

 情報網を張り巡らせてるであろう貴族家の皆さんも、「またヘッセリンクがなにかやらかす気?」と警戒しているはずだ。

 お医者さんへのお詫びの品、奮発したほうがいいな。

 それともう一つ。

 メアリが帰ってきてからずっと気になることがあったんだけど。


「連れてきてくれた先生と思しき女性がぐったりしてるのは、なぜだ?」

 

「いやあ。根性あるぜ? このお医者先生。強行軍にも音を上げずに着いてきてくれたからな。流石に限界みたいだから休ませてやってくれよ」


 顔を上げることも名乗ることもできないくらい疲労してるのか。

 

「緊急事態は緊急事態だけど一般の方に無理を強いるのはやめないか。ただでさえ今回は我が家の我儘でこんな辺境にお越しいただいてるのだから」


「いや、俺もそこまでしなくていいって何度も伝えたんだぜ? お袋さんは馬車用意してくれるって言うしさ。でも、正義感が強えのかわかんねえけど、急ぎたいから馬で行くって聞かねえの」


 自主的な判断ならいいかと流すにはあまりにもお医者さんの疲労が濃く見える。

 とりあえず休んでもらうか。

 一般人がこれだけ疲れてるんだ。

 さっきは普段と変わらないと思ったけど、メアリも当然疲労が溜まっていないわけがない。

 

「お前も疲れているだろう。先生を客間に通したら休んでいいぞ」


 メアリは僕の言葉に軽く頷くと、疲労のため一人で立っていることもできないでいるお医者さんを抱きかかえた。


「あいよ。ほら、先生行くぜ。朝までゆっくりしてくださいな。あ、腹減ったらベル鳴らしてくれ。隣の部屋に詰めとくから」


 俗にいうお姫様抱っこで先生を運んでいくメアリ。

 王子様とお姫様にしてはお姫様が気絶状態だし、なんなら王子様がお姫様と言っても過言ではないビジュアルなんだよなあ。

 

「ハメスロット」


 二人の姿が見えなくなるのを確認して、隣に控えている第一執事に声をかける。


「承知しております。明日の朝、先生が回復次第奥様の診察をお願いすることにいたします」

 

 結果が確定するまで公表するなと言われているけど、ハメスロットに隠しておくわけにはいかない。

 アデルと相談したその日に、彼にだけは伝えてある。


「いかんな。ソワソワして仕方ない」


「恥ずかしながら私も落ち着かず、今日などはエリクスさんに何かあったのかと心配される始末です。いけませんな」


 弟子に普段と様子が違うことを指摘されるなんて、堅物で実直なハメスロットでも、流石に緊張しているらしい。

 

「僕にとっては愛する妻の一大事だが、お前にとっても幼い頃から見守ってきたエイミーの一大事だ。平常心でいろとは言わないさ」


 表面上はお嬢様に厳しく接しているハメスロットだけど、結婚が決まった時は涙を流して喜んでたし、氾濫騒動の時もエイミーちゃんが無傷なことを確認して神に感謝を捧げていたところをみると、愛情に溢れている。

 そんな彼だから僕と同じレベルで緊張しているはずだ。

 むしろ、気持ちを共有できる相手がいるのは僕としてもありがたい。


「はっ。お気遣い痛み入ります。しかし、本当にご懐妊となれば、家来衆は大騒ぎでしょう

 

「喜んでくれるならそれに越したことはないが、あまり盛り上がりすぎるのも考えものだ。エイミーの負担にならないよう配慮しなければ」


 当面はエイミーちゃん優先で。

 まあ、我が家の家来衆は基本的に落ち着いた大人で構成されているから馬鹿騒ぎはしないと思うけど。

 行き過ぎるようなら注意しないとな。

 

「あまりに騒ぎが加熱するようなら、ユミカさんから皆さんに落ち着いて行動するよう言ってもらいましょう」


「我が家の家来衆を抑える手段としては最も確実で最も効率的だ。それでいこう」


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