第139話 大事なことは、余計なことをしないこと。
「アデル。少しいいだろうか」
エイミーちゃんを自室に送ってくれぐれも安静にするよう申し付けた後、僕は家来衆のなかで唯一この手の相談ができそうなアデルを訪ねた。
元々乳母として雇用したものの、現在はアリスやイリナとともに屋敷の掃除や、ユミカの世話、厨房の下働きなど色々こなしてもらっている。
人当たりの良さとtheお母さん的な風貌も相まって、みんなの頼れる女将さん的ポジションに収まっていた。
掃除中のアデルに声をかけると優しい笑顔を向けてくれる。
「はいはい。伯爵様が私にお声かけなんて。ああ、もしかして奥様から聞かれましたか?」
察しの良さも流石だ。
まあ、普段僕から声をかけることなんてほとんどないからな。
だいぶ慣れたとはいえ、初めはアデルもビーダーも僕が声をかけるとあからさまに怯えてたから。
国一番のヤバいやつのお膝元に人質の覚悟でやってきたのに、気安く声かけられたらそりゃあ怖かっただろう。
「ああ。エイミーに妊娠の兆候があると、先ほど聞かされたところだ。間違いないのか?」
僕の質問に困ったような顔を見せるアデル。
「間違いないのかと言われますと、本職のお医者様ではありませんのでなんとも。ただ、闇蛇の一員になる前もなった後も、何度も子供を取り上げた経験がございます。その経験からすれば、ほぼ間違いないかと」
なるほど。
専門家ではないけど相応に経験はあると。
そんなアデルが間違いないというなら、それを前提にして準備を進めるべきだろう。
「そうか。いや、控えめに言っても最高の気分ではあるのだが、どう振る舞えばいいのか。戸惑ってしまってな」
初めてのことなので正直浮き足立っています。
だって、親になるんだよ?
やばいな、狂人とか呼ばれてる場合じゃなくないか?
ヘッセリンク君のお父さん狂人なんでしょー? とか言われたら不憫すぎる!
そんな風に内心焦っているのがバレたのか、アデルがクスクスと笑う。
「まあまあ。レプミアにその人ありと謳われた伯爵様にそんな一面があるなんて。そうですね。差し当たってはお医者様をこちらにお呼びするべきでしょう」
「それについては、先程メアリを国都に走らせたところだ。母上が手配してくれるだろう」
貴族的なあれやこれやを全て排除し、『エイミーに妊娠の兆候あり。医者の斡旋を』とだけ書いた手紙を持たせ、家来衆最速のメアリを送り出した。
あのママンなら迅速に手筈を整えてくれれだろう。
「流石のご判断でございます。では、伯爵様にお願いすることはございません。普段どおりにお過ごしいただいて構わないかと」
「普段どおり?」
え、何かやっておくこととか、やっておいた方がいいこととかないの?
夫としては、こういう時に頼り甲斐のあるところとか見せておきたいんだけど。
「はい。失礼な言い方をさせていただくのであれば、余計なことはしない、ということに尽きます。男性がいてもたってもいられず、普段と違う行動をされても奥様を不安にさせるだけです。伯爵様が普段どおりに過ごしていただくことが奥様の心の安寧につながるのです」
余計なことはするな、か。
なるほど。
いい格好しようとして何かやらかすとストレスを与える危険性があるわけだ。
アデルの助言に従って、あくまで自然体で普段どおりを心がけるぞ。
そう心に誓った僕だったけど、その誓いはクーデルの言葉により、無惨にも砕け散った。
「普段どおりの伯爵様? そうすると、トラブルに好かれてあっちこっちに出かけてしまわれるのではないかしら?」
うん、普段どおりではダメだな。
十貴院会議に呼び出されたり王城に呼び出されたり脅威度Sと戦ったり。
少なくともここ最近の普段どおりじゃエイミーちゃんに相当な心理的負荷をかけてしまう恐れがある。
「まあ、クーデルちゃんったら! では、あくまでも屋敷にいる際の普段どおりでお願いしないといけませんね」
「魔獣の討伐はありだろうか」
「それが伯爵様の第一のお仕事だとうかがっておりますので、よろしいかと。奥様のことはこのアデルにお任せください。それともう一つよろしいでしょうか」
クーデルのツッコミに笑みをこぼしていたアデルが、佇まいを正す。
「ああ、構わない。この状況にあってはお前が我が家の第一人者だ。気になることがあれれば、その都度伝えてほしい」
「では。お医者様の診察を終えるまで、このことは発表しないようにしてくださいませ。ほぼ間違いないこととは言っても素人の見立てでございますから」
なるほど。
もし違ってたら家来衆もがっかりするだろうし、なによりエイミーちゃんが精神的に落ち込んでしまう。
ケアすべきはエイミーちゃんなことはわかってるんだけど、落とし穴がたくさんありそうで怖い。
世のお父さん方はちゃんと立ち振る舞えているのだろうか。
「ふう。お前達を雇い入れて本当に良かった。僕達だけじゃあ右往左往してエイミーの負担を増やすだけだったかもしれないからな」
「このくらいのこと、路頭に迷いそうな私達を救ってくださった伯爵様への恩返しには到底足りません。これからも、なんなりとお命じください」
「ああ。子供が生まれたなら、お前に乳母を任せることになる。僕がこうだからな。できれば子供は真っ当に育ってもらいたい。期待しているぞ、アデル」
「承知いたしました。ただ、伯爵様のお子様ともなれば家来衆の皆さんが放っておかれないでしょうから」
「うん。ジャンジャックとオドルスキは極力子供に近づけないようにするつもりだ」
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