第137話 マジュラスのお願い

 マハダビキアとビーダーによるディメンションドラゴンのフルコースを堪能した後も、連日様々なリクエストを繰り返し、食べ尽くした。

 もう二度とあれを食べることができないという喪失感に苛まれているうちに三日ほどが経過してしまう。

 どこかにもう一匹くらいいないかな、ディメンションドラゴン。

 そんな不謹慎なことを考えてしまうくらい美味かった。

 王様から、肉の一部を献上するよう要求された時には本気で抵抗しようかと思ったくらいだ。

 二人が作ってくれたメニュー自体は何の変哲もない、唐揚げやローストビーフ、ステーキなどの普段から食卓に上るものだったけど、だからこそ素材の力を見せつけられる結果になった。


「おっちゃんと一緒に考えに考えた結果だよ若様。結局、人知の及ばない食材なんて、普通の人間でしかない俺達がこねくり回さない方がいいってね」

 

「国や人と同様、料理にも長い長い歴史がありますんでね。今更あっし達が新しいものを生み出そうと妙な真似をするより、今あるレシピで勝負するべきじゃないかと、料理長が」


 これを逃げだと思う人もいるかもしれないが、僕個人としてはこの結論に至った二人を称賛したい。

 この二人なら、きっとこねくり回しても想像を絶する美味を生み出した可能性は十二分にあるはず。

 しかし、敢えてそうせずに作り慣れたレシピにディメンションドラゴンの肉を投入した勇気と決断は、それを口にした家来衆全員が言葉を発することさえできない、これぞ至高と言えるクオリティを叩き出した。


「若様からのお題、これでクリアできたかい?」


 言葉こそ控え目だけど、表情と態度は文句があるなら言ってみろと言わんばかりのマハダビキア。

 ビーダーも、みんなが言葉もなくがっつく姿を満面の笑みを浮かべながら眺めている。


「これを出されて納得しないような舌の持ち主に、お前達を雇う資格はないだろう。見事だマハダビキア、ビーダー。よくやった」


 僕の言葉を聞いてがっちりと抱き合う料理人二人に拍手を送るのは一緒に避難していた非戦闘員のみんな。

 あとでアデルに聞いたけど、言葉どおり寝食を忘れてレシピ作りに没頭し、母上とヘラに叱られる始末だったらしい。

 褒美に休みをあげようと伝えたけど拒否されたのでお給料に反映させたいと思います。

 

 そんな風に次元竜料理に思いを馳せていると、困ったような顔をしたマジュラスがトテトテと近づいてきた。

 

「なあ主よ。ユミカお姉様をどうにかしてほしいのじゃが」


 ユミカ?

 うちのいい子代表ユミカがなにかしでかすとは思えないが、召喚獣たるマジュラスが本気で戸惑ってるみたいだからな。

 

「どうにかとは?」


「始終べったりで猫可愛がりされるのに耐えられん! 我、こう見えてもこの家で一番の年寄りじゃぞ? それが女児に撫でくりまわされて一日を終える日々が続くとは」


 おやおや。

 なにか我儘言ってる王子様がいますねえ。

 ユミカに猫可愛がりされてしんどいなんて、うらやま、けしからん事を言うのはこの口かな?


「なるほど。つまりこう言いたいのだな?  我が家の天使ユミカを独占しておきながら、ちょっと面倒なんで距離を置きたいと」


「棘が凄いのう! まあ、有体に言えばそういうことなんじゃが、なぜそんなに威圧感たっぷりなのか理解できん」


 いいだろう。

 可愛い召喚獣とはいえ、威圧感が漏れてしまわざるを得ない理由を説明してあげるよう。

耳をかっぽじって傾聴するがいい。


「ユミカに構われているお前に対して嫉妬しているだけだ。僕がお前なら、締まりのない顔で構い倒されているところだぞ」


 うらやましいったりゃありゃしないわ!

 この三日間、僕がディメンションドラゴンの肉の幻影を追っている間も、ユミカはマジュラスを構い倒していた。

 それはもうハイテンションで。

 初めこそ弟ができて喜ぶユミカを温かい目で見ていたが、僕はもちろんアリスやオドルスキすら寄せ付けない勢いでマジュラスを追いかけ回していた。

 一旦マジュラスを送還しようかとも思ったが、ユミカに悲しい顔をされたのでやめた経緯がある。


「いい大人が恥ずかしげもなく言い切るものじゃな。これ、メアリ殿よ。主に何とか言ってほしいのじゃ」


「あ? 無理無理。この人は本物だからな。ユミカを保護するために徹夜で非公式の条文作って、家来衆全員に無理やり署名させる男だぜ? ユミカの結婚相手を想像して頭の中で百回殺してみたり。手遅れなんだよ」


 正確には、二徹だ。

 それはいいとして、無理やりなんか署名させていないぞ?

 エイミーちゃんやクーデルは喜んで署名してたし。

 まあ、エリクスやメアリといった若手にはやや圧が出てしまっていたかもしれない。


「……とんでもない暴君なのか、愛に溢れた賢君なのか判断がつかんのう」


「暗君じゃないのが救いだわな」


 賢君かどうかわからないけど、愛には溢れていると自負しています。

 

「はあ。ユミカお姉様の魂が人間とは思えない程純粋なのは認めざるをえんのじゃが」


 魂が純粋とかわかるなんて、伊達に亡霊王なんて名乗ってないな。

 ちなみに僕の魂の色は玉虫色なんだとか。

 見る角度で色が違う、あの派手なやつ?


「主がその調子では外に出たときに苦労するのではないか?」

  

「心配するな。ユミカは嫁にやらん」


 オドルスキとの協議では、婿を取って我が家に取り込む方針で一致している。

 外に連れ出すならメアリ、オドルスキ、ジャンジャック、僕を倒せる男に限定したいところだ。


「おい! 俺を巻き込むなよ!」


「ダメじゃな、これは」


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