第133話 二代目鏖殺の名にかけて ※主人公視点外

 護呪符を咥え、両手で複雑な印を結び続ける。

 エリクスからは、基本的には手で握って使えと言われていたが、咥えて使うと、より高い効果が得られる可能性も伝えられていた。

 目の前では、メアリ、クーデル、そして駆けつけてくださったリスチャード様が目まぐるしく入れ替わりながらマッデストサラマンドを翻弄している。

 交戦経験のあるメアリ曰く、敵は耐久性は高いが、飛行能力はなく鈍重。

 身軽さにおいて家来衆では一、二を争う二人は言わずもがな、リスチャード様も素晴らしい足捌きで竜種の意識がこちらに向かないように立ち回ってくださっていた。


「クーデル、出過ぎない! メアリ、合わせなさい!」


「いきなり言われても無理だっつうの! スパルタ過ぎるだろリスチャードさん!」


 次々と高度な要求を繰り出すリスチャード様に声を荒げながら対応していくメアリ。

 正直余裕はないのだが、それでも目を離すのがもったいない動きだ。

 

「文句を言うな! それでもヘッセリンクか!」


「急に男言葉に戻すんじゃねえよちくしょう! やってやるよ! 指示忘れんなよ!」


 リスチャード様の突然の勇ましい声に押されて、やけくそ気味に叫びを返すメアリ。


『それでもヘッセリンクか』


 なるほど。

 レックス・ヘッセリンクの家来衆である我々には、特に伯爵様を兄と慕うメアリには効く言葉だ。

 上手いとすら感じる。

 流石は伯爵様のご親友といったところか。


「誰に言ってるのかしら。あたしってば麒麟児なんて呼ばれてる秀才なの。感性だけで生きてるどこかの天才とは違うわけ……今っ!」


 リスチャード様が放った水の槍が、マッデストサラマンドの右前足を掠める。

 大したダメージはないようだが、僅かに意識が逸れた瞬間、魔法と同時に走り出し、逆足に肉薄したメアリが硬質な竜の鱗を削ぐ。

 煩わしげに声を上げた時には走り抜けて間合いからは離脱済み。

 さらに魔獣の視界の端ではクーデルが挑発するように気配を主張して牽制している。

 リスチャード様と元闇蛇コンビの、即席とは思えない連携だ。


「はっ!! 感性だけの天才より、秀才極まってるあんたみたいなのが一番敵に回したくねえよ実際」


 その意見には同意だ。

 まあ、伯爵様もとてもではないが敵に回したい相手ではない。

 この意見にはメアリも同意してくれるだろう。

 

 そうこうしているうちに、マッデストサラマンドの背中から激しい炎が吹き出す。

 ブレスがくる。

 二度目のブレスから時間が掛かったのは、溜めに溜めたからだろう。

 より太く、より激しく、より殺意の込められた炎を吐き出そうと、のそのそとこちらに歩み寄ってくる。


「リスチャード様、お願いします」


「はいはい。何度やっても無駄だってのに。あ、そうだ」


 ブレスの兆候をいち早く読み取ったクーデルが当然のように先程の水の壁を要求すると、リスチャード様がその図太さに肩をすくめたあと、悪そうな笑みを浮かべた。

 なぜか悪巧みをされている伯爵様がだぶって嫌な予感が私を襲う。


「良いもの見せてあげるわ。竜種っていうのはね?」


 案の定だった。


「おい!?」


「嘘、信じられない」


 二人がそう声を上げるのも仕方ない。

 今にもブレスを吐こうと近づいてくる竜種に、何を思ったか抜刀もせず軽やかに駆け寄るリスチャード様。

 ゼロまで距離を詰めると、煩わしげに振るわれる爪と牙を紙一重で避け、敵が頭を下げタイミングでその硬い鼻面に頭突きを見舞ったのだ。

 マッデストサラマンドからしても衝撃だったのか、背中から吹き出していた炎が消え失せる。

 

「こうすると、ブレスを止める事ができるの。ま、緊急避難的な使い方にはなるけど、いざというときのために覚えておきなさい」


 地面を転がりながら離脱に成功したリスチャード様は笑顔を浮かべているが、見ているこちらはたまったものじゃない。

 護呪符を咥えていなかったら悲鳴を上げていただろう。

 私の代わりにメアリが声を上げてくれた。


「どこの世界の次期公爵様が竜種の鼻面に頭突きかますんだよ! 額割れてっから!! 馬鹿なのかあんた!!」


 竜種の鱗で守られた鼻面に頭突きをした結果、リスチャード様の額からは流血していた。

 それはそうだ。

 呆れるほかない。


「そうねえ。学生時代、公爵家の嫡男なのにどこかの伯爵家嫡男の右腕に収まったり、どこかの伯爵家嫡男に協力して暗殺者組織に乗り込んだり、どこかの伯爵に頼まれてノコノコ国内で一番の危険地帯に加勢に来たり。あら、あたしったら意外と馬鹿なのかしら」


「全部兄貴絡み! うちのトップが申し訳ねえ」


 いや、本当に。

 心からお詫び申し上げたいが、それはそれ、これはこれ。

 私が指揮を執っているなかで、次期公爵の立場にある方が無駄にリスクを負うような真似はやめていただきたい。


「いいのよ、好きでやってるんだから。で? そこで金色の湯気立ててる男前はまだ待たせる気かしら?」


「すっげ。なんだあれ」


 土魔法の印を結びながら、体内の魔力を総動員して練り上げる作業を行なったことに加え、口に加えた護呪符からの力が作用したのか、今まで感じたことのない魔力の脈動を感じた。

 その感覚に身を任せた結果、現在私の身体は金色、に近い黄土色のオーラで包まれている。


「土魔法のオーラね。あたしが本気出して破裂する寸前まで魔力練ったら綺麗に澄んだ青いオーラが見えるわよ。身体への負担が凄いからほぼやった事ないけど」


「それ、大丈夫なんですか? フィルミーさん、魔法の修行初めてそんなに日が経ってないのに」


「大丈夫か大丈夫じゃないかと言われたら、大丈夫じゃないわよね。身体の中で無理やり魔力を走らせてるんでしょうけど、外に漏れてるってことは」


 そう、大丈夫ではない。

 それは私が一番わかっていることだ。

 膝は震えているし、背中を流れる冷たい汗が止まらない。

 

「フィルミーさん! 無理しないで!」


「なーに言ってるの、クーデル。フィルミー! ここであんたが死んだらリスチャード・クリスウッドの名に於いて、この森のど真ん中に石碑を立ててあげるわ! 心置きなく死力を尽くしなさい!」


 素晴らしい。

 アルテミス侯爵家の一部隊長だった頃には、死に際して石碑を建ててもらえる機会を得られるなんて思いもしなかった。

 生きた証を得られるなんて、武人の端くれとしてこんなに恵まれた事があるだろうか。

 力を私に充填し終えたのか、護呪符がチリとなって消える。

 

「約束しましたよ? リスチャード様。その時は、屋敷から見えるサイズのやつをお願いします」


「おい! 馬鹿! やめろ!」


 メアリが焦ったように声を上げるが、それを掻き消すようにリスチャード様が笑う。


「任せなさい。『竜種狩りの英雄フィルミー』として我が家の歴史書にも載せてあげるわ」


「では、『鏖殺将軍ジャンジャックの一番弟子』と記すのをお忘れなきよう」


 それが今の私が最も誇れる二つ名だ。

 マッデストサラマンドよ。

 鏖殺将軍仕込みの土魔法。

 そして、エリクスの努力の結晶。

 お前に耐えられるか?


「喰らえ竜種。これが、今の私と、エリクスの全力だ。土魔法。『星堕し』」


 なけなしの魔力と護呪符の力で生み出した一つの巨岩が炎の尾を引きながら猛スピードで落下してくる様は、さながら流れ星のようで。

 しかし、それは願いを掛ける隙も与えないまま、引き寄せられるようにマッデストサラマンドを直撃し、ついでに辺りの地面を抉り取った。

 『星堕し』は、本来であれば複数の巨岩を打ち上げ、空中で砕いて無数の礫を落とす魔法だ。

 だが、私が打ち出せたのはたった一つで、砕けもしない不完全な出来。

 ああ、やはり師匠のようにはいかないか。

 竜種討伐という十分な成果にも関わらず充実感はなく、どこか情けない気持ちを抱えたまま、私は意識を手放した。

 

 



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