第91話 ばっかもーん!
「で? 屋敷を訪ねて顔を合わせた途端ばっかもーん!! ときたか? かっかっか!! 流石はアルテミトスじゃ。怒髪天を突いておるのが目に浮かぶようじゃわい」
翌日、早速覚悟を決めてアルテミトス侯を訪ねた僕は、見事に信じられない規模の雷を落とされて帰ってきた。
朝から昼までのロングコースだ。
精神的に疲れ果てて屋敷で寝ていたかったけど、エイミーちゃん同伴でカナリア公との晩餐会がセッティングされていてはそうもいかない。
乾杯もそこそこに、僕からの報告を聞いて爆笑しながら火酒『皇帝殺し』を煽るカナリア公。
笑い事じゃないんですよ。
この歳になって大人からの本気の説教を受けることなんかないから心身ともに疲労困憊。
いざとなったらフライングDOGEZAで度肝を抜いてやろうとか思ってた僕が浅はかだった。
「いや、もう言い訳どころか時候の挨拶をする暇もありませんでした。目があった瞬間にばっかもーん!! でしたから。そこからはひたすら叱られていたのですが、途中からどこで息継ぎをされているのかと可笑しくなって。ついつい吹き出してしまい、お説教が延長されました」
まじであのおじさんの肺活量どうなってんの?
いや、もちろん『アルテミトス侯はさぞ歌がお上手なのでしょうね』とか言っちゃった僕が悪いんだけどさ。
「あれほど余計なことはするなと言うたじゃろうが……よく鉄拳制裁が出なかったもんじゃ」
額にマンガみたいな青筋立てながら拳を握りしめてたからマジで殴られるんじゃないかと思った時間帯もありました。
向こうは国軍上がりの武闘派だ。
召喚士な僕とはフィジカルに大きな差があるからワンパンで沈む自信がある。
「あと十歳若かったら手が出ていたと言われましたがね。息子と同じくらい心配していると言われてしまっては黙ってお説教を受け入れるしかないでしょう」
「まあ、あれの嫡男が稀に見る阿呆じゃったからな。お主のような出来と活きのいい若い者が無茶をするのは見過ごせんのじゃろうさ」
ガストンか、すでに懐かしいな。
風の噂では元々の素質も手伝って、無理矢理放り込まれた親戚筋の領軍で頭角を現し始めてるらしい。
曲がりなりにも忠臣になる可能性があった男だし、僕個人としてはなんら不思議じゃないけど、周りはあのバカ殿が覚醒したと大騒ぎだとか。
「元々は喧嘩を売りに行った私を、これほど可愛がってくださるアルテミトス侯の懐の深さには感服いたします。妻に叱られ、家来衆に叱られたうえで後見人のアルテミトス侯に叱られてはダメ押しです。元々積極的に暴れるつもりは毛頭ないのですが、改めて当面は大人しくしたいと思います」
「そうせい。まあ、お主の狂人の血がそれを許すかどうかはわからんがのう。一応言っておくが、カナリア公としてはヘッセリンク伯爵家に大人しくしておいてもらいたいが、ロニー・カナリア個人としてはもっともっと暴れて引っ掻き回してもらいたいと思っておるよ」
僕にどうしろと言うんだこの性豪ジジイは。
大丈夫だよエイミーちゃん。
もう暴れたりしないからそんな目で見るのやめて!
僕だって反省くらいはするのです。
「引っ掻き回した結果、叱られるのは私でしょう? 私がいくら狂人と呼ばれていても、それは御免被ります」
「なんじゃつまらん。そこの綺麗な顔した坊主も大人しく周りの顔色を伺うような主人よりも立ち塞がるものを薙ぎ倒していく狂ったレックス・ヘッセリンクのほうが仕え甲斐があるじゃろう?」
僕の背後に控える執事服姿のメアリは、カナリア公の質問に答えることなく笑顔を湛えているだけだ。
沈黙は肯定と同義だよ?
「まともな神経をしておれば好き好んでオーレナングなどに常駐はせんさ。お主の親父の生前、何度か狩りに寄ったことがあるが、まさに魔境じゃ」
我が家に来たことがあるのか。
コマンドに聞いたら十貴院会議まで面識はなかったみたいだから、僕が学校に行ってた頃か、そもそも生まれる前の話かもしれないな。
わざわざ魔獣の庭に狩りに来るくらいだから見た目と噂のとおり、この爺さんも相当強いんだろう。
「領民はおろか使用人すら必要最小限しか置いておけない魔獣の楽園。そんな不毛の地じゃというのに奥方やあの堅物そうな執事も含めて人が増えつつあるのは、お主の狂った部分に惚れておるのじゃろうなあ。面白いわい」
この国で言うところの歴戦の勇者であるカナリア公に褒めてもらえるのは嬉しい。
それがアルテミトス侯からの情熱的なお説教のあとだからさらに沁みるね。
「妻には本当に感謝しています。歴代、ヘッセリンク家当主の妻は国都の屋敷に入るのが慣例です。しかし、エイミーはオーレナングに住み、私とともに魔獣の討伐に励んでくれています。感謝してもしきれるものではありません」
「レックス様……」
さっきまで曇らせていた表情をパッと明るくさせるエイミー。
かっわいいー。
あー、癒される。
結婚してだいぶ経ったけど、ずっと可愛いんだよこの子。
いや、そりゃね? 相変わらずすごい食べるけどそこも魅力というかね。
家来衆からも慕われてるし。
特にクーデルはエイミーのことを気に入っているのか、よく一緒にいるのを見かけるな。
「もちろんこれまで私を支えてくれた家来衆達にも同じ思いを持っています。特に今日連れてきている二人はご存知のとおり闇蛇に所属していました。しかし、今や我が家にとってなくてはならない人材です。彼らを守るためなら喜んで十貴院の座を捨てますとも」
若くて強くて可愛い
天秤にかけるまでもない。
「はあ……最近の若い者は人を誑すことだけ上手くなりおって。『誑惑』の二つ名を持つ者などゲルマニスのだけで十分じゃと思わんか?」
「ゲルマニス公は敵味方関係なくそれを実行できる方でしょう? 私が誑せるとしたら、それはあくまで身内のみです」
短時間向かい合っただけでわかる。
あの人は生まれながらの
好意とか悪気とか関係なく人を引き寄せる、まさに全方位型だからな。
仮に僕にも同じような素質があったとしても、ゲルマニス公のそれは効果も範囲も段違いだ。
「それができれば十分じゃ、このバカモンが。いまやお主は国中の同業者の注目の的じゃ。王太子の右腕に指名されたことは既に大小問わずほとんどの貴族に知られておると思ったほうがいいじゃろう」
まあそうでしょうね。
式への参加者にこのことは口外しないでねってお願いはしてたけど、予想どおり効果はなかったということか。
貴族の伝言ゲームのスピードを思い知らされた。
あとはねじ曲がって伝わっていないかだけが心配です。
「王太子との密接な関係に加えて、ラスブラン侯の孫で、カニルーニャ伯の義息で、クリスウッド公嫡男の義兄。小物共に警戒するなというのが無理であろうよ」
いつの間にか華麗なる一族じゃないか。
いまだにラスブラン侯であるとこの祖父には会ったことないけど。
そう言えばまた母親経由でお小遣いをいただきましたありがとうございます。
「そのなかで自ら選んだのはカニルーニャ伯の義息になることだけなのですが……ままならないものですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます