第90話 カナリア公と雷

 国都について早々、待ち構えていたように我が家にやってきたカナリア公の使用人に、鮮やかな手際で抵抗する間もなく馬車に乗せられ、大貴族の主張が強すぎる豪奢な屋敷に連れてこられた。

 外観とは違い、シンプルを追求し切ったような白一色の玄関ホールに仁王立ちしていたのが胸板の分厚さと得体の知れないエネルギーの威圧感が半端じゃない老人、ロニー・カナリア公爵本人だ。


「久しぶりじゃのう、ヘッセリンク伯。遠路遥々すまんな。おお、おお。そたなが噂の奥方か。ロニー•カナリアじゃ。よろしくのう」


 僕への挨拶もそこそこに相好を崩しながらエイミーの手を握り出すご老体。

 おい、エロジジイ。

 あんた孫世代に興味ないって言ってなかったか?

 その手を払い除けようと一歩踏み出そうとしたところでやんわりとジジイの手をつまみ上げて微笑む妻。

 

「生きる伝説であるカナリア公爵様にお目にかかれて光栄です。エイミー・ヘッセリンクでございます。この度はお招きいただきありがとうございます」

 

 目上の大公爵に対して失礼な態度ではあるけれど、それには全く気を悪くしたような顔をせず、むしろこちらに呆れたような視線を向けてわざとらしくため息をついてみせるカナリア公。


「旦那が無軌道に動き回る爆弾じゃと苦労が絶えんだろうが、よく支えてやるのじゃぞ? まったく、お主もあまり奥方に心配をかけるでない。伯爵家当主が供も連れずに単騎で駆け回るなどお世辞にも褒められたものではないわ」

 

「なぜそのようなことをご存知なのですか……」


 いや、確かにクリスウッドから国都まで単騎駆けしたのは事実だけど、僕の動向をいちいち気にしてるわけでもないだろうに。


「知らんわけないじゃろ? あの狂人レックス・ヘッセリンクが鬼の形相で国都に向けて街道を駆けていると、複数の手の者から報告が入ったわ。ヘッセリンクに悪感情を持っている輩や恐れを抱いてる輩は反乱の恐れありと恐慌状態に陥る始末じゃ。その辺は儂とアルテミトスで収めておいたが、老骨を安心させるためにも無茶は控えてくれると助かるわい」


 斥候の皆さんお疲れ様です!

 でも僕に反乱の意思なんて一切ないし、あの時は妹のために急いでいただけだ。

 勝手に人を謀反人に仕立て上げるのはやめてほしい。

 

「そんな大事になっていたとは……お手を煩わせてしまい申し訳ございません。あの時はやむにやまれぬ事情がございまして」


「クリスウッドの小倅とお主の妹の縁談にどんな裏があるか知らんが、あれでは何かあったと喧伝するに等しい。めちゃくちゃやらかしていた儂に言われたくはないだろうが、もう少し落ち着きが必要じゃな」


 そのことも知られてるのね。

 まあ別に秘密裏に動いてるわけじゃないから不思議じゃないけど、下手したらリスチャードのこともバレてる可能性があるのか?

 この爺さんなら喧伝したりしないだろうけど、エスパールなんかの小物臭のするおじさま方に知られたら厄介だ。

 一応手紙で釘を刺しておこう。


「まったく大貴族の情報網とは恐ろしいものだ。エイミー、我が家もそちらの強化を急がねばならないな」


 闇蛇の生き残りの捜索は継続中だけど、上手くいっていないのが実情だ。

 クーデル達はまとまって行動してたから見つけやすかったけど、その他は基本単独やもっと少人数で各地に散ってるらしくなかなか見つからないんだよなあ。

 そちら方面の予算を増やせるかハメスロットと相談だな。


「情報網などという大袈裟なものではないわい。最近は貴族家当主が集まればその縁談の話しで持ちきりじゃて。クリスウッドが捲土重来を期して禁断の果実ヘッセリンクに手を出しただの、ヘッセリンクが中央に進出するための足掛かりだの。今のところ賭け率は8:2といったところじゃ」


「人の家の一大事で遊ばないでいただきたい……」


 娯楽に飢えてる貴族は何かにつけて賭けの材料にしたがるらしい。

 過去には僕が結婚できるかどうかも賭けの対象になったらしく、その時の掛け率は9:1で結婚できないが大勢を占めたため、結婚できるに賭けた貴族は一財産を築くに至ったとか至らなかったとか。

 

「それもこれもお主が周りも気にせず暴走したからじゃ。反省せい。儂やゲルマニスは笑っておるが、アルテミトスからは雷を落とされるじゃろうて」


 えー、勘弁してくださいよ。

 アルテミトス侯から説教とか、僕泣いちゃいますよ?

 なんたってあのおじさまもカナリア公と同じ国軍上がりのムキムキマッチョマンだから。

 カナリア公より真面目な分、説教されたら長そうなのも怖い。


「助けていただくことは……無理ですね。わかりました。自ら蒔いた種ですので次にアルテミトス侯爵にお会いした際には甘んじてお叱りを受けましょう」


 まあアルテミトス侯みたいな大貴族と会うことなんてそうそうないから、ほとぼりが冷めるまで近づかないようにしよう。

 うん、それがいい。


「アルテミトスなら今国都に来ておるぞ? 例の件でお主を呼び出すと伝えたらちょうどいいからと出てきておる。先送りしても仕方ないから明日明後日で叱られてくるがいいわい」


 ジーザス。

 なぜ神は僕を見捨てたのですか。

 

「……付き添いなどはお願いできないのでしょうか」


 恥ずかしいとか言ってる場合じゃない!

 カナリア公でもなんでも使って少しでも怒りを和らげないと説教で干からびてしまう!

 しかし、無情にもカナリア公爵閣下はゆっくりと首を振り、拒否の意向を示した。

 

「儂がついていったところで避雷針にはならんぞ。なんと言っても現役時代は上官である儂にすら平気で説教するような男じゃったからなアルテミトスは。むしろ儂がついていくことで怒りが増す可能性すらある」


 よし、小細工はやめて叱られてこよう。

 確かにカナリア公なんか連れて行ったら男らしくないやらなんやらとさらにボルテージが上がりそうだし。


「王城に寄らず、このまま尻尾を巻いて逃げ出したい気分です。出来ることならこの事態を招いた脇の甘い過去の自分を思い切り殴り飛ばしたい」


 後悔先に立たずとはよく言ったもので、あの時オドルスキ家族の言うことを聞いて慎重に行動すればこんなことには……とか考えても仕方ないか。

 オーケーオーケー。

 伯爵様とは思えない一流のDOGEZAをアルテミトス侯爵にお見舞いしてやるぜ!

 

「まあ、アルテミトスはあれで貴殿を気に入っているようだしそこまで酷いことにはならんじゃろ。一応言っておくが、くれぐれも余計なことをするでないぞ? あやつは小細工も嫌いじゃが、それ以上にプライドのない行為が大嫌いじゃからな」


 はい、余計なことをせずに誠心誠意頭を下げてきたいと思います!

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