第83話 忘れてた
とりあえずヘラとリスチャードのことが上手くいきそうだということがわかったので取り急ぎオーレナングに帰宅中です。
王都に来るためリスチャードに借りた馬は王都でゆっくり休養させたうえで返却予定なので、今は王都で買った軍馬に跨っている。
ヘラには不経済だと叱られたが、馬なんていうのは何頭いてもいいと思うし、最近強行軍が多いので、丈夫な軍馬が手に入ったのは嬉しい。
「いい加減機嫌なおせよ兄貴。大人気ねえな」
「……僕のどこが機嫌が悪くて大人気ないと言うのだ。親友と妹の仲が上手くいきそうでホッとしているさ」
そう、ホッとしている。
立場を顧みず闇蛇の本拠地まで一緒に乗り込んでくれた親友と、不器用なところはあるが賢く、常に家のことを考えてくれている最愛の妹の縁談が前向きに進むことが決定したんだ。
機嫌を悪くする理由なんかないですよ? という態度の僕に対して馬上で器用に肩を竦めて見せるメアリ。
「顔に出てるぜ? 可愛い妹を親友に取られてモヤモヤしてますってさ。いいじゃねえか。あの鉄仮面様の旦那がリスチャードさんなんて、正直兄貴的には最高の組み合わせだろ」
モヤモヤ?
まさかまさか。
確かに、確かに若干ではあるがリスチャードに思うところがありはする。
ありはするけど顔に出るほどではないよ?
「最高か最低かと言われればもちろん最高に決まってる。我が家の娘が公爵家、しかも嫡男に嫁ぐなど歴史的な快挙だ。ヘッセリンク家当主として、ヘラの兄としてこれほど嬉しいことはない」
「ならその眉間のシワ、どうにかしろよ。最低でもオーレナングに着くまでに。兄貴がそんなんだとエイミーの姉ちゃんやユミカが心配するから」
指摘されて眉間に触れてみると自分でも驚くほどの深いシワができてた。
まあ、そうね。
認めよう。
「それは腹が立つだろう? 僕の目の前であのようにイチャイチャと。まだ縁談も正式に決まったわけでもないというのに全く」
ありえなくない?
僕がいる前で人の妹の頭を撫で撫でと。
いやね?
そりゃあ二人が相思相愛なことをこの世界で一番祝福してるのは間違いなく僕ですよ。
ただ!
身体的接触については、まだ早いかなあって、そう思ったわけ。
「あれがイチャイチャしてたように見えてたんなら一回医者に行ってこいよ。確かにリスチャードさんがあいつの髪を撫でてたけど、どう贔屓目に見ても懐かない猫の頭撫でてたのと大差なかったろ」
逆にどこを見ていたんだと言いたい。
王都に着いた時点ではその無表情を読み切ることができなかったけど、リスチャードが屋敷に着いた日を境にして、母ほど完璧ではないものの僕も妹の表情を多少なりとも読めるようになっていた。
恐らくヘラの大ピンチを受けて僕の中に生きているだろうレックス•ヘッセリンクの意識が働いたんだと思う。
「それこそまさかだ。ヘラのあんなに幸せそうな顔、初めて見たぞ。リスチャードにベタ惚れなのをまざまざと見せつけられた兄としては心中穏やかではいられんさ。むしろあの場でリスチャードに殴り掛からなかった自分の忍耐強さに驚いているところだ」
まあ、素の腕力で殴りかかった場合の勝算をこっそりコマンドに確認したところ、100戦して100敗するという回答を得たので、涙を飲んで実行するのを控えざるを得なかったんだけど。
それならばと、嫌がらせのつもりで十貴院から抜けるつもりだと告げてやった。
脱退が確定するまではあまり広めないようにゲルマニス公に釘を刺されてたけど、それをひっくり返してでも一矢報いたかったわけさ。
そうしたらあの野郎、なんて言ったと思う?
『あたしは構わないわよ? そんなものより可愛いヘラを手に入れられる方があたしにとってはよっぽど価値があるもの。それを理由に父が破談なんて言い出したら、引退してもらうわ』
だってさ!!
だってさ!!!
カッコよすぎない!?
そして僕、器小さ過ぎない!?
「あいつの表情が読めるのはお袋さんだけかと思ったら兄貴も読めるのな。その辺はリスチャードさんにちゃんと教えといた方がいいんじゃね? そこから公爵家の主だった家来衆に伝われば、嫁いだ後も上手くやれるだろ」
女装の似合う凄腕美少年暗殺者という属性以外は至ってまともなメアリ。
その意見は基本的に正論なので、今回みたいに客観的に見て僕に非がある場合は反論の余地がない。
主観では僕は悪くないけどね!
「む……リスチャードの株が上がるのは非常に、ひっじょーに業腹物だが、ヘラのためになると言うならば、涙を飲んで奴に教えてやることもやぶさかではない」
「はいはい、そうしてくれ。妹でこれならユミカが嫁に行くことになったらどうするつもりだよ」
ん?
今何かおかしな言葉が聞こえましたね。
「ユミカが、嫁に、だと?」
「わかった! 俺が悪かったから戻ってこいって! ユミカは嫁になんか行かねえから。な?」
そう、そうだよな。
ふっ、冗談にしても笑えないぞ兄弟。
「いかんいかん、ユミカが嫁に行くと考えただけで、その相手を想像の中で百回殺してしまった。はっはっは」
最低でも僕とオドルスキを倒さないとユミカは嫁にやらんぞ。
あ、だめだ。
想像しただけで涙出るわ。
妹の結婚で涙もろくなってるのかな。
「はっはっは……はあ。誰か知らねえが、将来のユミカの旦那に同情するぜ。親父だけでも手に余るっつうのに、こんなおっかねえ上級貴族が付いてくるってんだから」
メアリが小声で何かぶつぶつ言ってるけど聞こえないので大したことじゃないだろう。
「さて、冗談はさておいて。少しオーレナングを空け過ぎた。ペースを上げるぞ。ついて来れるか?」
「どこからどこまでが冗談なのかが問題なんだよなあ」
ユミカの旦那を百回殺すというとこが冗談に決まってるだろう。
現実なら百回じゃ済まんぞ。
なんてやりとりをしつつ馬を飛ばして一路オーレナングを目指す。
普通の貴族なら供回りを連れてるので相当な時間が必要だろうけど、我が家の強みは身軽さだ。
早馬も真っ青な速度で走破してあっという間に領地に到着する。
屋敷に入ると、玄関ホールにはエイミーちゃんが一人で立っていた。
仁王立ちというのはこういう立ち姿を指すのだと言うお手本みたいな仁王立ちだ。
満面の笑みのはずなのに安心感が皆無なのは何故だろう。
そしてメアリよ、なぜ僕の背後に立って退路を塞いだ?
「お帰りなさいませ、レックス様。お待ちしておりましたわ。さ、こちらにどうぞ」
「エイミー? いや、流石に強行軍での移動が続いたのでとても疲れているのだが……」
「ええ、ええ。強行軍はさぞ大変だったでしょう。供も連れずにクリスウッドから国都まで単騎駆けされたとか」
めっちゃ怒ってるー。
そう言えば、帰ったら説教だって伝言されてたっけ。
完璧に忘れてたな。
リスチャードに嫉妬したり、存在しないユミカの旦那を殺したりしてる場合じゃなかった。
「……いや、エイミー。聞いてくれ。それには深い事情があってだな? そう、仕方なく。仕方なく結果的にそうなってしまったわけで」
「言い訳はジャンジャック様とハメスロットと一緒に聞かせていただきます。メアリさん、レックス様を拘束なさい。決して逃しては駄目よ?」
「奥様の仰せのままに」
おい、やめろメアリ!
暗殺者の技術を駆使するんじゃない!
裏切り者!
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