第80話 そこに愛はありますか?

「あたしならあんたのことを義兄上あにうえって呼ぶ準備はできてるわよ? ふふっ、レックス・ヘッセリンクとリスチャード・クリスウッドが義兄弟になるなんて知れ渡ったら、きっと特定の層は震え上がるわね」


 特定の層?

 ああ、僕のことが嫌いな貴族連中のことか。

 僕と、クリスウッドの麒麟児ことリスチャードの関係は広く知られていてそれを面白く思わない奴らがいるらしい。

 そこにきて僕達が縁戚関係になって結びつきが強化されたりしたらそれは震えるだろうな。

 そんな人達には何か特別アクションを起こす気なんか一切ないから安心してねと言って回りたい。

 そんなことよりも現状、この完璧超人に人前で義兄と呼ばれる違和感の方が問題だ。

 

「私達の学友連中は漏れなくそうなるだろうね。そうだ、ミックには伝えたのか? 彼のことだ。一人だけ知るのが遅れたなんてわかったら面倒な事になるぞ。仲間外れをことのほか嫌うからなミックは」


 え、なにそれ可愛い。

 見た目は厳つい武闘派であれだけ取り巻きがいるのに、仲間外れが嫌いとかギャップがいいね。


「勿論連絡済み。他人事だっていうのに高い金使って早馬が来たわ。しかも騎上はミックの腹心よ? そうそう、学生時代から取り巻いてたあのガタイのいい。何かと思ったら式には必ず呼べっていう要請だったわ。心配しなくても呼ぶっていうのよ」


 ああ、子供の頃からミックのお付きをしてるっていうあの人か。

 式にも護衛で来てたな。

 かなり年上だったけど学校にもついて来てたらしい筋金入りの取り巻きさんだ。

 武闘派とはいえどこかに貴族らしさを残しているミックと違って、結婚式で見かけた彼は戦争屋サウスフィールドを体現するような威圧感バリバリのお兄さんだった。

 と、話が逸れてるな。


「いや、だからリスチャードはヘラを妻とすることに異存はないのか?」


 僕達の関係が強化されて震えるような奴らの話がしたいわけじゃない。

 リスチャード自身はその結婚に乗り気なのかね。

 今の感じだと、家の方針だから特に問題ないって雰囲気でどこか事務的なんだよなあ。

 

「ないわよ? 繰り返すけど、貴族の結婚っていうのはこれが王道なの。あんたのあれは邪道だって理解しなさいよ」


「邪道とまでは言わないが、レックスと奥方の馴れ初めは貴族的にはイレギュラーなのは間違いないな。まあ、レックスが聞きたいのはそういうことではないないのだろうけどね」


「どういうことよブレイブ」


「レックスはつまりこう聞きたいのさ。お前は俺の妹を愛してくれるのか? ってね」


 まあ要はそういうことだ。

 前世の記憶の欠片が残っている僕としては愛のない結婚など絶対NO。

 この点については僕になる前のレックス・ヘッセリンクも強弁していたらしいので譲る気はない。

 自分自身はもちろん身内や友人でもそれがベストだと思っている。

 コマンドに聞いたところによれば、貴族に離婚の二文字はない。

 いや、あるけど相当複雑な手続きを経て離婚しても待ってるのは周りからの白い目らしく、わざわざそうするくらいなら別居して可能な限り顔を合わせないことを選ぶんだとか。

 死ぬまで一緒にいないといけないならなおさら好き合ってないと無理じゃない?

 ブレイブが通訳してくれた僕の問いかけにリスチャードが眉間に皺を寄せる。

 

「愛! 愛ねえ。んー、ヘラのことは嫌いじゃないわよ? ちょーっとヘッセリンク特有の狂いが入ってるけど、あんたで慣れてるあたしにしてみればそれも味だしね。ただ、愛かと言われると……正直考えたこともないからわかんないわ」


 僕とは違う方向で狂ってるからな妹は。

 少しだけヘッセリンクの血が濃いんだろう。

 僕もあれはあれで可愛いと思ってるけどメアリなんかは苦手らしい。


「だろうね。それはリスチャードが特殊というわけではなく、私やミックも含めたほとんどの貴族がそういうものだ。貴族の結婚とは打算と妥協で成り立つものであって、愛なんていうメリットのない感情が介在する余地はない」


 僕の思いをバッサリ切り捨てたブレイブ。

 それでも笑っているのはあくまで一般論として語ったからだろう。

 リスチャードもその言葉に深く頷きつつ杯の酒を飲み干す。

 

「だからやたらと夜会で浮気が横行するのよねえ」


 離婚できないし、かと言って配偶者と顔を合わせることもないのでワンナイトラブを楽しみまくるという。

 風紀が乱れてますよ!

 

「リスチャード、僕の妹と結婚して浮気などしようものなら召喚獣とともに家来衆全員をこの街に差し向けるからな」


 最大戦力を一斉投入して妹を悲しませたことを後悔する間もなく滅ぼしてやろう。


「不規則な発言は慎みなさいよ。いや、確かにうちの戦力であんたのところの家来衆に対抗できるのなんてあたしだけだからあっという間に滅ぶだろうけど」


 リスチャードは強い、らしい。

 僕と共に闇蛇の根城に乗り込んで無事に帰って来てるくらいだからそうなんだろうけど、少なくとも一人で魔獣の森に放置してもなんとか生還するくらいの力があるとか。

 神はこいつに何物与えてるんだ。


「よく言う。魔法戦士リスチャードが本気を出せばすぐには陥落しないだろう。まあ、その時はジャンジャック、オドルスキ、メアリの三人をお前に当てるからそのつもりでいてくれ」


 ならばうちの三本柱でリスチャードを抑えてしまおう。

 その隙に僕とエイミーちゃん、フィルミーあたりで街を攻めれば……。


「なに? 国でも滅ぼすつもり? その三人に狙われたらあたしなんて肉片の一つも残らないわよ! まったく。大体、ここであたしがヘラを愛してるなんて嘯いたところで信憑性の欠片もないでしょ。ヘラがあたしを愛してくれるかもわからないんだから」


 いけないいけない。

 リスチャードが浮気をする前提で作戦を練ってしまった。

 言われてみれば妹がこの友人をどう思ってるか確認してないな。


「取り繕った麒麟児モードでずっと過ごさないといけないことのほうが問題ね。いっそのこと暴露しちゃおうかしら。もしこの素のあたしを受け入れてくれるなら心から愛しちゃうわよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る