第79話 酒席にて
「それで? 一体どういうつもりだリスチャード」
オドルスキ一家の案内を公爵家の使用人に任せ、クリスウッド公爵との会食を当たり障りのない会話で済ませた後に始まったのは、僕、リスチャード、ブレイブの三人で行う同窓会という体の事情聴取だ。
焦れたように本題を口にする僕に半笑いを浮かべまま、リスチャードが肩を竦めて見せる。
「あら、乾杯もそこそこに本題を切り出すなんて野暮な男ね。早い男は嫌われるわよ?」
うるせえ!
は、早くなんかねえし!
いや、実際問題レックス・ヘッセリンクさんは夜も強いです。
「生憎と妻とは良好な関係でな。嫌われる要素など一つもない。それと、そのくらいで話しが逸らせると思っているのなら糖蜜酒よりも甘いぞ」
「流石にそんなこと思っちゃいないわよ。ただ、もっと段階を踏んでから核心に触れなさいってこと。せっかく学友だけで飲んでるんだから。いきなり本題に入ったらすぐ終わっちゃうわよ?」
心配事を抱えながら酒を飲んでも楽しめないんだよなあ。
深酒した結果肝心なことが聞けなかったなんてことになったらこの出張自体が無駄になるんだから仕事はさっさと終わらせてしまいたい。
「僕としては早く本題を終わらせてからゆっくり飲みたいところなんだがな。いや、頼むから事情を教えてくれ。もちろんお前が僕の義弟となることに不満があるわけではないが、何しろ急過ぎる」
そもそもリスチャードがうちの妹と親しいなんて話は聞いたことがない。
いや、貴族の結婚なんて話したこともない同士で行われることもザラにあるのは知ってるけど、僕がそういう関係を嫌うのはリスチャードなら知らないわけがない。
今も昔も、レックス・ヘッセリンクは愛のない結婚など認めません。
「そう? あんたの縁談騒動に比べたら実に貴族らしいと思うけど」
まあ、出会って二、三日で結婚を決めたり、その過程でアルテミトス侯と一戦交えかけたことを指摘されたら普通じゃないかもしれない。
だけど、少なくとも僕とエイミーちゃんとの間には愛があったからね。
戦力も含めてこの子しかいない! 的な?
お陰様で夫婦円満で幸せです。
「はいはい、惚気ご馳走様。だけど、いい? 私とヘラは公爵家嫡男と伯爵家令嬢で身分的にも釣り合いが取れてるし、花婿と花嫁の兄は学生時代を共にした朋友。花婿と花嫁も昔から顔馴染みで知らない仲じゃない。ほら、あんた達の馴れ初めと比べても、なんら可笑しな部分はないじゃない」
ダメだ。
あくまでもはぐらかす構えのリスチャードでは埒があかないのでもう一人の親友に水を向けてみる。
「ブレイブ……リスチャードでは話にならない。お前から説明してくれ」
「ん? ああ、何の話だったかな?」
こいつはこいつでユミカから渡された手紙をニヤニヤしながら読み耽っているんだよなあ。
まじで大丈夫か?
きみ、堅物君だったんだよね?
そんなんで婚約者に叱られないか?
「僕たちの話が耳に入らないほどユミカからの手紙に見入っていたのかお前というやつは……」
「冗談だ。いや、ユミカ君からの手紙で気分が高揚していたのは事実だが。さて、リスチャード。今回の件について私から説明するが、構わないな?」
手紙を宝物のように丁寧に畳んで懐にしまい込むと、汚れひとつないメガネのブリッジをクイッと上げて見せるブレイブ。
「本当に冗談? たまにあんたのことが心配になるけど、まあいいわ。面倒だから説明しちゃって」
「承知した。レックス。今回の縁談は、平たく言えば政略結婚というやつだな」
僕も心配だけど、そんな僕たちを尻目に口を開いたブレイブの説明は平たすぎた。
政略結婚と言っても、我が家のような国からマンマークを受けている家と繋がったところで、クリスウッドに利益なんかないだろう。
我が家だってクリスウッドから利益を得ようなんて小指の爪の先ほども考えていないし、ガチガチの貴族主義であるところのクリスウッドと歩調を合わせるのは実際問題無理がある。
「もっと詳しく。他に裏があるんじゃないのか?」
チラッとリスチャードに視線を走らせ、軽く頷くのを確認したうえで再びブレイブが口を開く。
「元は十貴院の座を確保していたものの最近は振るわないというのが専らの評価であるクリスウッド公爵家が、起死回生の一手として西の守り手であり現役の十貴院、かつ当代当主が王太子により将来の右腕に指名されたヘッセリンク伯爵家にあやかりたいということで申し込んだ縁談。そうだな? リスチャード」
「正解も正解。花丸満点よ」
嘘だろ?
ヘッセリンク→クリスウッドじゃなくて、本気で矢印が逆なのか。
クリスウッドが我が家と繋がることで利益を得ようと考えている。
そんなことあるんだろうか。
「何というか、正気なのかクリスウッド公は。由緒あるクリスウッド公爵家が敢えて我が家のような、こう言ってはなんだが札付きの家から嫁を娶ろうなどと」
形振り構わなさ過ぎるだろクリスウッド公。
リスチャードの父、当代クリスウッド公爵は良くも悪くも古いタイプの貴族だ。
レプミアの貴族とはこうあるべきだ、という信念が強すぎて若い世代には煙たがられているイメージがあるものの、中高年世代のなかには厚い支持層を確保している。
近しい人々にはリスチャードの代で再び栄華を取り戻すため、自らは足場固めに注力するのだと言って憚らないらしい。
ということは、妹とリスチャードの縁談は、足場固めの一環か。
「そこはせめて本気なのか? って言いなさいよ。まあ、正気よ。遊びで縁談の申し込みなんてするわけないでしょ。それこそ評判がガタ落ちになるじゃない、それに、あんたのお母様だって、ラスブランの出でしょ?」
そう言われるとそうか。
札付きのヘッセリンク伯爵家に、お堅いと噂のラスブラン侯爵家から嫁入りしてるんだようちのママン。
どんな裏があったのか聞いておかないとな。
「前の時代にラスブランとヘッセリンクが繋がり、今代ではクリスウッドとヘッセリンクが繋がる。ね?」
「リスチャードの言うとおり、当家は本気だぞレックス。次期公爵であるリスチャードの正室として、ヘッセリンク伯爵家令嬢であるヘラ様を迎え入れる方針で一致している」
酒席とはいえ、二人がそう言い切るのなら事実なんだろう。
それがどれだけ世間的に信じられない話でも。
「クリスウッド公爵家としての方針はわかった。縁談が本気だと言うのであれば僕もヘッセリンク伯爵として真剣に話しを聞くことを約束する。それはそれとして、リスチャード。お前の気持ちはどうなんだ?」
気になるのは親友の気持ちだ。
貴族の一般論として結婚に愛がないことはわかってる。
でもこれが身内と友人のそれなら話は別だ。
可能な限り、出来るなら愛を持って夫婦生活を送ってほしい。
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