第63話 ランクアップ

「レックス様、奥様。無事のお戻り、心よりお喜び申し上げます」


 疲れた。

 いや、あれ以降特に襲撃とかはなかったけど、エスパール領が遠かった。

 行きは色々ワクワクしてたから感じなかったんだけどなあ。

 部屋にやってきたジャンジャックの顔を見てホッとしちゃうくらい疲労困憊だった。


「えらく大袈裟じゃないかジャンジャック」


「何を仰いますやら。レックス様が最低限の手勢のみで敵地に踏み込まれたのです。我ら留守居の家来衆一同、朝に晩にご無事をお祈りしておりました」


「戦場に出たわけではないのだがな。一応皆と話し合ったとおり、十貴院を脱する意思は表明してきた。だが、カナリア公に面白がられてしまってな。カナリア公預かりとして国王陛下に是非を諮ることになったので結論は出ていない。当面は待ちだな」


 カナリア公の名前を聞いてジャンジャックが微かに嫌な顔をした。

 珍しいな。

 若い頃に同じ軍にいたはずだからあの爺さんのやんちゃの被害に遭ったんだろうか。

 真面目なジャンジャックとは絶対合わなかったはずだ。


「カナリア公でございますか。あの方は昔から物の良し悪しを面白いか否かで決めたがる悪癖をお持ちですからな……」


「まあどちらかというと我が家に対して好意的な態度を取られていたからそう悪いことにはならないと思うが、どうなることやら」


 エスパール、トルキスタ、ハポンには嫌われてるけど、ゲルマニス、カナリア、アルテミトスには好印象を残した手応えがある。

 なんだかんだ朝まで付き合ったからね。


「どちらに転んでも当家は損をしない話でございます。レックス様の仰るとおり、当面はゆっくりと身体をお休めください」


 そうさせてもらいたいな。

 アルテミス領、クリスウッド領、エスパール領と遠出が続いたからこの辺で落ち着いてゆっくり過ごさせてもらおう。


「メアリとクーデルも労ってやってくれ。厚めに手当てをつけてやっても構わない。さて、僕が不在の間特に変わりはなかったかな?」


 僕の問いに対してジャンジャックが唇の端を吊り上げて薄笑いを浮かべる。

 なんだなんだ。

 不安になるからやめてくれよ。

 そう言えばいの一番に出迎えてくれそうな面子がいないな。

 怪我とか病気とかなら見舞わないといけないが……。


「あると言えばありますし、ないと言えばないのですが……爺めからお伝えしていいものかどうか。とりあえず両名を連れて参りますので暫しお待ちください」


 意味深な笑みと言葉を残して退出するジャンジャック。

 エイミーちゃんも首を傾げてる。

 二人で不安な時間を過ごしていると、バタバタと駆けてくる足音が聞こえた。

 この足音は間違いなく僕らの天使のものだ。


「お兄様! エイミー姉様! お帰りなさい! ユミカは寂しかったです!」


 案の定、ユミカが部屋に駆け込んできて僕とエイミーちゃんに飛びついてきた。

 長期出張で家を空けていた飼い主が帰ってきた時の子犬みたいだ。

 尻尾があったらブンブン振っていたことだろう。

 旅の疲れが一気に吹き飛ぶくらい癒される。

 エイミーちゃんも蕩けそうな笑顔でユミカを撫でくりまわしてるので気持ちは同じだろう。


「はっはっは! ただいまユミカ。いい子にしていたかな? お土産をたくさん買ってきたからあとで渡そう」


 奮発しちゃったから楽しみにしていてほしい。

 流石は観光地だけあって土産物の種類も豊富だったから絞りきれなかったんだよね。

 コマンドの保管があって本当によかった。

 

「嬉しいわ! ありがとうお兄様! お義父様! お義母様! 何をしているの? 早く入ってきてお兄様とお話ししましょうよ!」


 おやおや?

 オドルスキを示すお義父様のあとに、おかしなワードが聞こえましたね。

 エイミーちゃんも目を見開いて僕の手を握ってきた。

 これはまさかの?

 

「お義母様? ……おい、ジャンジャック」


 悪戯が成功したように微笑むジャンジャック。

 その顔に鏖殺将軍と呼ばれた古強者の面影はない。

 

「ええ、ええ。つまりそういうことでございます。さ、オドルスキさん、アリスさん。いつまでそんなところで小さくなっているのですか。早くレックス様にご報告なさい」


 我が家の筆頭騎士とメイド長が緊張で強ばりまくった顔で入室してくる。

 オドルスキは右手と右足が同時に出てるな。

 なんでそうなった?

 

「お、お館様。無事のお戻り、こ、このオドルスキ」


 吃りすぎだよセイントナイツ。

 普段の威厳はどこに落としてきたんだい?


「回りくどい挨拶は抜きだ。それで? どちらから切り出した? やはりアリスからか? どうなんだ」


 好奇心が抑えきれません。

 人の恋バナってウキウキするよね。

 それが親しい人であればあるほど顔がニヤけちゃう。

 くそ、なんで僕がいない間にそんなことになってるんだ。

 いくらでも機会があっただろうに。


「い、いえ。それはその、私から、です。先日、私と夫婦になってほしいと、申し入れ、う、受け入れていただいた次第です」


 これは意外。

 恋愛そっち方面は完全にヘタレだったはずのオドルスキから告白できたのか。

 盛り上がってまいりましたあ!


「おお! オドルスキからか! はっはあ、やったではないか! いや、魔獣には一切怯まぬ聖騎士がこの手の話だけは腰が引けてしょうがなかったからまだまだかかるだろうと見ていたが……」


 僕のテンションにやや引きながらも、オドルスキはユミカを抱き上げながらぎこちない笑みを浮かべた。


「ユミカから、早くアリス嬢に気持ちを伝えなければ他の男に盗られてしまうぞと、発破をかけられましてございます」


「ユミカ! よくやった! なんと義父思いの優しい子だ。いや、こんなに嬉しい報告が待っているとは思わなかった。よし、今日は宴だ! マハダビキアを呼んでくれ。段取りをするぞ!」


 土産には食べ物や酒もたくさんあるからね。

 今日は大盤振る舞い決定だ。

 あー、肉を狩りに森に出たいけど間に合うかな。


「旦那様落ち着いてください。オドルスキ殿、まずは旦那様に私達の婚姻を認めてもらわなければいけません」


 今にも部屋を飛び出しそうなテンションの僕に気づいたアリスがオドルスキの腕に触れる。

 

「おお、そ、そうだな。よし……お館様」


「許す。もちろん二人の婚姻を認めるに決まっているだろう。むしろ障害があるなら言え。僕が全て排除してやる。そうだ、二人が夫婦になるなら家がいるか? ユミカと三人で暮らせるよう離れの横に戸建てを作った方がいいな。ハメスロット! ハメスロットはいるか!」


 食い気味に婚姻を認めました。

 そりゃそうだろ。

 わざわざ許可とか取らなくていいし、許可しない理由が見当たらない。

 オドルスキとアリスがユミカの両親になるんだよね?

 最高だ。

 感極まって三人を抱きしめてしまいました。


「旦那様、その、え?」


「アリス、こうなっては誰もお館様を止められない。お館様のなさりように感謝し、全て受け入れたほうがいいだろう」


「良かったなあユミカ。強く頼もしい義父に、美しく優しい義母だ」


 オドルスキの腕からユミカを奪ってクルクルと回る。

 ユミカはキャッキャと笑い声を上げていたけど、僕が二人の結婚を認めてホッとしたのか、目に涙を溜めて強く抱きついてきた。


「本当のお父様とお母様は知らないけど、お義父様に優しくしてもらって、アリス姉様がお義母様になってくれて。ユミカは、ユミカは、ぐすっ、幸せだよ? ありがとう、お兄様」


 僕達もユミカがいてくれて幸せに決まってる。

 ユミカを泣かせる輩がいるなら一戦交えることも辞さない。

 そうだろうお前達!!


【おめでとうございます!忠臣がランクアップしました!


孤児 ユミカ→ 天使 ユミカ


ランクアップ内容を説明します


天使 ユミカ

聖騎士オドルスキを父と慕うヘッセリンク伯爵家のアイドル。特殊能力こそ備えていないが、その笑顔は悪人善人問わず全てを癒す】


 ……なんだこれ。

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