第62話 街道の中心で愛を囁く
「とりあえずこんなところか? 全員生きてるよな? あ? 治療なんかするわけねえだろ甘えんなよ。領地の端っことはいえ街道なんだから定期巡回の騎士くらいくるだろ。そいつらに引き渡すからあとは勝手にやってくれ」
ミケ、メアリ、クーデルのトライアングルに囲まれて一人残らず叩きのめされた野盗達のなかで、図太くも治療を求めた輩がメアリに蹴り飛ばされていた。
ミケはエイミーちゃんに顎と耳の後ろを撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしている。
終わってみればこちらの被害はゼロというパーフェクトゲームだ。
「思っていた以上に呆気なかったな。もしかしたらエスパール伯の手勢が野盗に化けて襲ってきたのかと勘繰っていたが……その可能性は低いか」
「街にいた兵士たちの練度を考えれば伯爵様の仰るとおりかと。こいつらは本当にただの野盗で、たまたま私達を襲ったとみるのが妥当だと思います」
確かに街にいたお揃いの装備を身に付けた衛兵達の只者じゃない感を考えればあまりにも弱すぎる。
こいつらがエスパール伯の差し金ならネチネチいびってやろうと思ってたのに当てが外れたな。
「ミケちゃんを呼ぶまでもなかったですね。これくらいなら私とメアリさんとクーデルで十分対応できる範囲でした」
そうかもしれないけど流石にエイミーちゃんを前に出すのは憚られる。
世間的には深窓の令嬢だからなこの子。
「まあそう言うな。ミケをメアリやクーデルにお披露目できたし良しとしよう」
「そうそう、それ。路線変更したのな。デカブツデカブツときてまさかの猫って。いや、中身は化け物だけどさ。てっきり兄貴は大型魔獣に拘ってるんだと思ってたよ」
そんなつもりはない。
たまたま初期スロットにゴリ丸とドラゾンが入っていただけだ。
「別に自分で選択できるわけじゃないからな。使役できる魔獣の種類は神の御心次第さ。まあ、当たりを引き続けている自信はあるがね」
僕のステータスが設定されてるなら運の数値が限界突破してそうだ。
「こ、これは!」
そろそろメアリに警備兵を呼んできてもらおうかと考えていると、タイミングよく四人の騎兵がやってきて倒れている野盗を見て驚きの声を上げた。
街中で見たお揃いの装備を身に付けてるから間違いなくエスパール領軍の兵士だろう。
「ようやくおでましか。私はヘッセリンク伯爵家当主レックス・ヘッセリンクだ。十貴院会議に参加し帰領するところ、このならず者達に襲われたので返り討ちにしておいた」
僕が名乗り外套を示すと全員がすぐに下馬し、膝をついた。
おお、一矢乱れぬ動き。
やるねエスパール伯軍。
「ヘッセリンク伯……護国卿様ですか! 失礼いたしました! 上級貴族を襲うとは、この愚か者どもめ! 応援を呼べ! 護送のための手配も忘れるな!」
「街でも感じたが、エスパール領軍の練度は素晴らしいな。頼もしい限りだ」
素直な感想だ。
エスパール伯個人にはいい印象を持ってないけど、キビキビした兵士の動きには拍手を送りたくなる。
家来衆は真面目なんだな。
「お褒めに預かり光栄です。観光を柱にしている以上治安維持は何にも優先されますもので。野盗の類は定期的に駆除しているのですが……お手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした」
この組の責任者らしい年嵩の兵士が深々と頭を下げる。
うん、好印象です。
「いや、この程度なら手間というほどでもないさ。この件についてエスパール伯には後日書簡を出すつもりだが、警備の領兵の練度の高さに驚いたと加えておこう」
「我々武人の頂点に立つ護国卿様にそこまで評価していただけるとは。エスパール領軍を代表し、御礼申し上げます!」
めちゃくちゃ喜んでくれた。
みんなで呑んでねとポケットマネーから寸志を渡すと流石に断られたけど、無理矢理握らせておく。
こういう末端の兵士への草の根活動は大事だからね。
後始末はやる気を出した兵士達が請け負ってくれるということなのでお言葉に甘えて出発すると、メアリがニヤニヤしながら僕を見てくる。
「誑惑公に勝るとも劣らねえ人誑しっぷりだったじゃねえか。あの隊長さん、目え潤ませてたぜ?」
「ゲルマニス公の域には遠く及ばないさ。あの方は息をするように他人を懐柔する生まれながらの人誑しだ」
そう、僕は護国卿という兵士によく効く肩書きに加えて意図的に仕事を褒め、さらにさらに金まで渡しての人誑しだ。
ゲルマニス公爵なんか、なんとなく同じ空気を吸ってちょっと話しただけで惹き込まれる感じがある。
チートとはあのことだ。
きっと魅力の数値はカンストしてることだろう。
「確かに。貴族のトップに立ってるくせに俺みたいな従者の名前を呼んで気遣いの言葉をかけてくるんだぜ? ありゃあヘッセリンクの家来衆以外は靡いちまうだろうなあ」
「ほう、ヘッセリンクの家来衆は靡かないか?」
「爺さんやオド兄、アリス姉さんなんかが兄貴以外に頭下げてる絵が想像できるかよ」
んー、できないな。
ゲルマニス公爵が主人公のゲームがあっても我が家の家来衆は攻略対象にはならないだろう。
「我が家の家来衆はレックス様を心から慕っているのが伝わってくるものね。レックス様も家来衆を大事にされていらっしゃるし。ふふっ、妻としては少しだけ嫉妬してしまうわ」
「おやおやこれは困った。家来衆はもちろん大切だし頼りにしているが、この世で一番愛しているのはエイミーに決まっているじゃないか」
あー、エイミーちゃん可愛いわあ。
ついつい勢いで抱きしめちゃったよ。
顔真っ赤にしてまあ。
「レックス様……」
「うわあ、鬱陶しいわあ。他領の街道のど真ん中でイチャつくんじゃねえよまったく」
ですよねごめんなさい。
メアリの嫌そうなツッコミを受けて光の速さで僕から離れるエイミーちゃん。
妻が可愛くて幸せです!!
「メアリ、私も街道のど真ん中で愛を囁かれたいわ。さ、ちょうだい」
「うるせえよ。ほら、雇い主夫妻が二人の世界に浸って無防備だから警戒すっぞ。こんなとこ襲撃されて怪我でもされたら赤っ恥だぜ」
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