第60話 襲撃者

 こちらの世界に来てから何度か遠出をしたけど、その道中でならず者に襲われるっていうある意味テンプレートなイベントには遭遇していなかった。

 ヘッセリンクを表す金塊が描かれたマントが襲撃を躊躇わせているらしく、そういう面では安心して遠出することができてたんだけど、ついにこの日がやってきた。

 盗賊? 山賊?

 まあなんにしても僕らの命を狙う気満々の男達二十から三十人ほどが街道を塞いでいる。

 こちらは四人。

 しかも二人は細腕の女性で、もう一人も少女と見間違えるほど細い美少年だ。

 普通なら強面の男達に怯えて悲鳴をあげるなり恐怖で震えながら涙を流すなりするだろう。

 男達も見目麗しい獲物を見てニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。

 今夜はお楽しみのつもりなのかな?

 集団の中から髭面の、馬鹿みたいに大きな棍棒を抱えた筋肉ダルマ的な男が進み出てきた。

 どうやらこの集団の親玉らしい。

 しかし絵に描いたような悪役だな。

 

「おうおう! やけに身なりのいい兄ちゃん達じゃねえか? てめえら、貴族様か? ここを通りたければ相応の対価を払ってもらおうじゃねえか。 金がねえならその綺麗な姉ちゃん達でもいいぜ? なあお前ら!」


 一斉に下品な笑い声をあげる男達。

 すげえな。

 雑魚盗賊のテンプレに使えそうな台詞を恥ずかしげもなく口にするなんて。

 もはや古典芸能だ。

 隣ではメアリが笑いを堪えてるのか俯いてプルプル震えてるし、エイミーちゃんは珍しい動物を見てるような興味津々の顔をしてる。


「おいおい、お嬢ちゃん。そんなに震えなくても俺たちゃ紳士だから安心していいぜ? 一から優しく教えてやるからよ!」


 だめだ。

 メアリの顔が決壊寸前。

 そんなに面白いかね今の三下の台詞。

 いや、面白いか。

 だって明らかに捕食される側が捕食する側に対して積極的に絡んでるんだからそりゃあ笑いが止まらないわな。

 

「伯爵様。もう始末してよろしいですか? 上級貴族に無礼を働いた時点で極刑です。ここで始末してしまった方が官吏の手間が省けます」


 クーデルの提案は却下だ。

 なぜならここはまだエスパール領内。

 こいつらをまとめて引っ捕らえてエスパール伯爵に引き渡せば、あんたの領内の治安どうなってるの? と嫌味の一つも言えるだろう。

 そもそも、こいつらがただの野盗なのかどうかも怪しいもんだ。

 観光で食ってるはずのエスパールが、いくら街から離れた街道とは言っても野盗の存在を許すか? 

 その可能性は限りなく低い。

 わざわざ僕たちを襲わせるためだけにエスパール伯爵がこいつらを雇ったっていうほうが納得できる。


「なるほど。では殺さずに仕留めるということでよろしいですね。正直、あの下卑た視線をメアリに向けられるのが我慢できません」


 メアリなら大丈夫。

 野盗の親分の台詞がツボに入ったのかまだ笑いを堪えてプルプルしてるから。

 さて、クーデルとメアリをけしかけて制圧するのは簡単だけど、それじゃあ芸がない。

 せっかくなので僕がどういう生き物かを目の前の男達に思い知らせつつ、その後ろにいるであろう雇い主に釘を刺しておきたい。

 

「エイミー、メアリ、クーデル。下がっていなさい。これだけ広い街道なら喚んでも問題ないだろう」


「おいおい兄貴。まさかあのでかいの喚び出す気かよ。容赦ねえな。下手すりゃあ何人か死ぬぞ? まあ最低一人残ってりゃいいんだろうけど」


「いや、ゴリ丸とドラゾンは喚ばない。メアリの言うとおりあの子達だと人死にが出る可能性があるからな」


「まあ! じゃあミケちゃんを喚ぶのですね。ふふっ、楽しみです」


 嬉しそうに手を叩くエイミーちゃんと訝しげに首を傾げるメアリ。

 そう、エイミーちゃんの言うとおり、今から喚び出すのはミケだ。

 ゴリ丸、ドラゾンに続く三体目の召喚獣。

 エスパールに来る前、エイミーちゃんと森で魔獣討伐デートを繰り返している時に召喚士としてのレベルが上がり、それに伴って喚び出せる召喚獣が一体追加された。


【おめでとうございます! 上級召喚士としてのレベルアップを確認しました。レベルアップに伴い、召喚可能魔獣が一体追加されます。今回追加される魔獣は、脅威度Aクリムゾンカッツェです】


 コマンドの誘導に沿って呼び出してみると、現れたのは二足歩行の三毛猫。

 体毛は白色をベースに茶と黒が混ざっていて、真っ赤なテンガロンハットにマント、それに長靴を身につけていた

 腰にはサーベルを提げていて、わかりやすいところだと長靴をはいた猫だろうか。

 巨体を誇るゴリ丸やドラゾンと違って背丈は150cmあるかないかと小柄だ。

 僕がミケと名付けると、ニャーと短く鳴いて僕とエイミーちゃんにスリスリと身体を擦り付け始める。

 なぜ僕の召喚獣はすぐにエイミーちゃんにも懐くのか。

 ミケのお腹のもふもふを心ゆくまで堪能してエイミーちゃんが素敵な笑顔なので文句はないけどさ。


「おいで、ミケ」


 今日も今日とてごっそりと持っていかれた魔力と引き換えに、空から魔獣が降ってくる。

 重量が違いすぎるのとミケが猫型なのとで、ゴリ丸の着地がどーん! ならミケの着地はすたっ! って感じだ。

 着地したミケは僕とエイミーちゃんに軽くすりすりすると野盗の敵意を感じたのか腰のサーベルを引き抜いてシャーッ! っと威嚇の声を上げる。


「はっ! 何かと思えば可愛い猫じゃねえか! 虚仮威しにもなりゃしねえよ! なあお前ら!」


 見た目が可愛い猫だからな、その反応は仕方ない。

 とてもじゃないけど脅威度Aのやばい魔獣には見えないだろう。

 

「メアリ、クーデル。ミケが突入したら逃げようとする輩を捕らえろ。多少手荒くしても構わない。自分達が誰を相手にしているのか思い知らせてやれ」


「了解。しかし、どんな凶悪な面した魔獣が出てくるかと思ったら猫かよ。いや、兄貴が喚び出すくらいだから中身が普通じゃねえのはわかるけどよ」


「可愛いわ。猫は可愛い。メアリとユミカの次に可愛いのは猫ね。触らせてくれないかしら」


 それぞれの感想を漏らす二人に対し、ミケはメアリによっとばかりに右手を上げ、クーデルには僕たちにしてみせたように身体を擦り付けた。

 どうやら仲間だと理解してるらしい。


「ミケ、狩りの時間だ。目の前の獲物を全て生かして捕らえろ」


 


 

 

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