第46話 そうだ、やめよう

 アルテミトス侯爵がバタバタと帰ったあと、エスパールについてコマンドに確認しておく。


【エスパール伯爵家。西方を治めるヘッセリンク伯爵家に対し、北方に領地を持つ上級貴族です。現伯爵は第二近衛で副隊長を勤めていました。そのためか、現在は領軍の強化に余念がなく、定期的に領内各地で大会を開いて腕自慢達を取り込んでいるようです】


 北か。

 この国も北は雪が降るのかな?

 厳しい土地柄で南の土地を虎視眈々と狙ってるとか、漫画ならよくあるよね。


【レプミアの北限まで行けば雪も降りましょうが、エスパール領の大半は年中涼しく非常に暮らしやすい気候です。王家にも貴族にも避暑地として人気が高い観光立領と行ったところでしょうか。それに、レプミアは特に戦国時代ではありませんので他領に侵攻したりされたりということはあり得ません】


 ですよね。

 エスパールは観光が主要産業か。

 カニルーニャは農業で、アルテミトスは……。


【さまざまな産業を保護していますが、強いて言えば鉱石採掘でしょうか。良質な鉱山を複数有しています】


 へえ。

 なんか裕福そうだな。

 いや、侯爵なんだから当然裕福なのか。

 我が家の財政状況って国の中で言うとどのくらいの水準なのかね。


【裕福さというざっくりとした表現でよろしいのなら、上の中です。富豪と言っても差し支えないでしょう。高価な魔獣の素材を市場に流して財を得ていますが、人件費は最小限ですし、歴代当主は基本的に贅沢を好まない方々でした。入ってくるけど出ていかないので内に貯まるという形です。国の経済を考えれば決して良いことではないのですが】

 

 確かになあ。

 最近人を雇ったし、エイミーちゃんがたくさん食べることを考えて食料の備蓄を大幅に増やしたけど、それでも他の家に比べたら支出は微々たるものだ。

 領民がいないからインフラ整備にかかる支出がないんだもんな。

 

【ヘッセリンク家よりも売上のある家はたくさんありますが、利益という面で言えば先ほど申し上げたとおり、上の中に分類されるかと】


 エイミーちゃんやユミカにひもじい思いをさせる心配がないのはいいことだ。

 しかしどうするかね。

 いっそエスパールで会議したいですってこっちから手紙送ってみるか?

 そしたらエイミーちゃんも連れて旅行がてら観光できる。

 よし、それでいこう。


「メアリ。クーデルにいつでも遠出ができるよう準備するよう伝えておいてくれ。あとイリナにもエイミーの旅の準備をするようにと」


「あいよ。貴族様も大変だな。出る杭が打たれるのはまあわからなくはないけど、他人に引っ張り上げられても打たれるなんてさ」


 上手いこと言うね。

 今回僕は自分からしゃしゃったわけじゃなく、王太子のせいで目立つハメになったのに、悪く言われるのはこっちだなんて酷い話だ。

 けどそれが貴族の政治なんだと言われたらそうなんだろうなあ。

 政敵の足を引っ張って退場させる。

 思い切ってこれを機に十貴院から降りるっていうのはどうだろう。

 意外とありなんじゃないだろうか。

 ペナルティーとかあるのかな。


【十貴院から退くことについて直接のデメリットはありません。強いて言うならば、面子に傷がつくことです。十貴院であることは我が国の貴族にとって最上のステータス。そこから落とされるということは権勢が衰えたいう証拠なのです】


 面子か。

 つまりノーダメージということだな。

 OKOK。

 反乱を起こすつもりがないという証に十貴院やめますって言えば周りからも文句でないだろう。

 一応お母さんにも手紙出しておくか。


「またなんか企んでやがるな悪徳伯爵」


「人聞きが悪いぞ? この家を守るために思い切ることに決めただけさ」


 そう、思い切って十貴院を引退して普通の貴族に僕はなる!

 要はヘッセリンクが目立ちすぎてたから嫌われてるんだろう?

 表舞台から退けばその傾向も薄まるはずだ。

 歴代この座を守ってきたご先祖様には悪いが、僕の代で狂人の名は返上してやる。

 

「……絶対アデルおばちゃんやビーダーのおっちゃんの前でその台詞言うんじゃねえぞ? 兄貴のそれ思い切るは反乱起こしますとイコールなんだから」


 簡単に反乱って言うけど、そもそも歴代のヘッセリンク家当主が反乱起こしたことなんかあるのか?


【ありません】


 ですよね。

 反乱なんか起こした家が護国卿なんて呼ばれるわけないし。

 そうなると僕個人が反乱を起こしてもおかしくない輩と思われているのか。

 甚だ遺憾であります。

 放っておいてくれれば粛々と魔獣を狩ってその素材を市場に流すだけの大人しい家なのにさ。

 周りが必要以上に警戒して我が家の存在を大きくしてしまってる。

 これも会議で伝えた方がいいな。

 『十貴院辞めるから放っておいてくれ』

 これが基本方針だ。

 

「クーデルとイリナへの言付けが終わったら、ジャンジャック、ハメスロット、オドルスキ、フィルミーにここに来るよう伝えてくれ。もちろんメアリも参加するように」


「その面子集めるなんてやっぱ戦じゃねえかよ……」


 馬鹿だな。

 戦ならエイミーちゃんとクーデルも呼ぶに決まってるだろう。

 全戦力を持って王城を叩く。

 電撃戦だ。

 いや、やらないよ?

 やるならそうだよってだけで。


「誰が戦なんて非効率なこと好き好んでするか。だが、次の十貴会議では国が揺れる可能性がある。家来衆には先に僕の考えを伝える」


「じゃあ女性陣も呼んだほうがいいだろ。後回しにしてごちゃごちゃしても知らねえぞ? 特にアリス姉さん。あの女を怒らせる勇気があるなんて流石は狂人様だ。……絶対助けねえぞ俺は」


 はっはっは、なんだそれは。

 そんなことで僕が考えを曲げるとでも?

 ある程度の方針を出した後に非戦闘員のみんなに説明したほうが安心感を与えられるという確固とした信念のもとに出した指示だ。


「全員招集。指示は以上だ」


 が、家来の進言は積極的に取り上げられる柔軟性があるところを見せるのも当主としての懐の広さなわけで、決して日和ったわけではない。


「ご理解いただけて感謝。女は怖えからな。大事だぜそういうの」




 




 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る