第37話 提案
翌朝、カニルーニャ伯の部屋を訪問して早速諜報網の相乗りを打診してみた。
即答はできないけど、ある程度融通が利くよう前向きに検討してくれるらしい。
ただし、カニルーニャは農業を主とした家なので、血みどろの争いに関する諜報には向いていないと言われた。
なんだその血みどろの戦いって。
まだ嫉妬に駆られた他家と戦をすると決まったわけじゃないし、それを阻止するための諜報網相乗りのお願いだ。
本格的にゴーサインがでたら謝礼やらなんやらの細かい条件を調整することになるだろう。
執務室に戻ると、式の期間中はメイド姿で通しているメアリが表情を改めて口を開いた。
嫌がるメアリにイリナが毎日フルメイクを施してるから今日も人形じみた美しさ。
それで真面目な顔されると怖いんだけど。
「闇蛇の残党を探してみるか? 俺ほどじゃないけど、溶け込み潜り込むってのは専売特許だぜ?」
「……その考えはなかったな」
なるほど。
確かにあの組織は下準備のための潜入工作とかそういう作業に長けていてもおかしくないか。
でもだいぶ前に僕が潰しちゃってるからなあ。
「もちろんどれだけ見つかるかも、うちに協力してくれるかもわからねえから。カニルーニャの親父さんの力借りるのはそのまま続行してさ」
珍しく食らい付いてくるな。
個人的には悪くないと思うけど、どうかな?
「今のメアリの案、どう思うオドルスキ」
今日はオドルスキが護衛に就いてくれている。
流石に式の翌日ということで森には出ないらしい。
平服に帯剣したラフな格好だけど、それでもかなり雰囲気あるな。
そんな聖騎士が顎に手を当て、参考までにと断ったうえで考えを述べた。
「メリットとデメリット、半々といったところかと。メリットはメアリには及ばないまでも高い技術を持った人員を複数確保できる可能性があること。諜報の技術とは一朝一夕で身につくものではございません。育成には時間と、なにより相応の金が必要になります。もし闇蛇の元構成員が当家に加わればその時間と金を大幅に圧縮することが可能です」
「そうだな。エイミーからも諜報網とは長い時間をかけて築くものだと指摘を受けているよ。であれば金もかかるのは当然か。それを大幅に圧縮できるのは魅力的だな」
我が家にとってのメリットは時間と金の節約か。
金ならある。
けど節約できるならそれに越したことはない。
なにより時間は有限だ。
嫉妬まみれの嵐に巻き込まれる前にある程度の諜報網を構築出来れば致命傷は避けられるだろう。
「次にデメリット。こちらは主に二つです。まずは元とはいえ悪名高い闇蛇の人員を雇用することに対する周囲からの反感。言わなければバレないと思っても、不思議とどこからか漏れるもの。闇に蠢き恐怖をばらまいた闇蛇は恐怖の対象ですからな。それを狂人ヘッセリンク伯爵が囲っているとなると……さて、どうなることやら」
元とは言え犯罪者集団の構成員を雇うことに対する反感と批判か。
反社会的勢力を雇うようなもんだからな。
元の世界なら一発アウトだ。
しかしここは異世界。
「僕は気にしないが。中には実は昔から闇蛇を動かしていたのはヘッセリンク伯爵家だなどと言い出す輩もいるかもしれないな。……うん、ノーダメージだ。難癖をつけられたのなら、だったらなんだ? 証拠はあるのか? 僕のおかげで安心して眠れているんだろう? と言ってやればいい」
残念ながら我が家に貶められる程の評価は存在しない。
狂人だから仕方ないねと受け入れられるのがオチだ。
「であればもう一つ。単純に闇蛇を壊滅させたお館様に素直に従うのかという点ですな。この点については、闇蛇に恨みを持ち、お館様を解放者だと感じている人員を探し出せればクリアできます。ただ、そんなに器用なことができますかどうか。雇ってみたものの実はお館様の命を狙う不届者ということになれば目も当てられません」
まあそこだわな。
全員に恨まれていないなんて思ってない。
あの組織の幹部連中はほぼ捕まるかその場で始末してるみたいだけど、末端までは追えていない。
これまで復讐だなんだっていう動きがないのは僕への恐怖らしいから、刺し違えてやる的な強い恨みまではないと信じたい。
「そこは俺がなんとかする。探すのを俺と同世代の若いやつらにすれば説得してみせる」
「候補がいるのか?」
「何人かは。それに他にも探してほしいやつらがいるんだ。これまでは世話になってる分際で言い出しづらかったんだけど、ある程度兄貴の役に立てるまではってさ」
ああ、だから真面目な顔して提案してきたのか?
メアリなんて今やこの家に欠かせない人材なんだし、僕としても弟分として可愛いと思ってる。
遠慮なんかしなくていいのに変なとことで真面目なんだよなあ。
「ふむ。諜報網構築にかこつけて僕に探し人の協力をしてほしいと?」
「……ダメか?」
「いや、構わない。というかその程度いつでも協力してやるのになにを躊躇っていたのだ。お前は僕の可愛い弟分だといつも言ってるだろう。たまの我儘くらい聞いてやる」
「お館様! なんと懐の広い! このオドルスキ、お館様に惚れ直しました!」
なぜかオドルスキが感極まってる。
解せない。
後で聞いたらメアリはこのことをオドルスキに相談していたらしい。
もし僕が闇蛇の構成員を探すのに反対した場合はオドルスキが説得に加わる流れだったんだとか。
「なぜお前が惚れ直すのだ。惚れ直されるならユミカのほうがいいぞ僕は」
ほんの軽口なのに無言で剣に手を掛けるな親バカ!
上等だ、表に出ろ、ゴリ丸の餌にしてやるよ!
そんな僕らのやりとりを笑いながら見ていたメアリが頭を下げる。
「兄貴。恩に着るよ、この通りだ。前に話してた唯一の友達と、世話になってた殺しをしない後方支援の構成員を探したい。前に見せてくれたリスト、もう一度見せてくれよ。その中から使える人材をピックアップするから」
そんなのあるの?
コマンド、わかる?
ある。
書斎の棚の中ね?
OK OK。
「ああ、後で渡す。そうだな、屋敷の手入れなんかをする人員がいてもいいだろう。まあ、こんな命の危険しかないような場所に来るかどうかわからんがな」
「目的がうちの諜報網構築だってことは忘れねえ。それにそぐわないような奴を誘うつもりもねえ。ヘッセリンク伯爵家の利益になる奴らを引き入れるから安心してくれ。もし、俺が勧誘した奴のなかから裏切り者が出たら、そいつを殺して俺も死ぬよ」
覚悟が重いんだよ。
貴方を殺して私も死ぬのノリを本気でやるつもりか?
やめてよ、この世界は命の値段が安すぎてドキドキするんだから。
「その辺は疑っていないさ。というかお前が死ぬことは許さんぞ。失点したならその分挽回して見せろ。いいな」
「……わかった。ありがとうな、兄貴」
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