第14話 美しい死神 ※主人公視点外

『なぜ生かしたかだと? 面白いと思ったからだ。価値があると思ったからだ。同情? あるわけないだろう。お前の過去に一片の興味もない。興味があるのはお前のこれからだ。人形が何者になれるのか、僕に見せてくれ』


 ヘッセリンク伯爵家に忍び込んだ俺を待ち構えていたのは、後方支援の兄ちゃん達が遭遇したら迷わず逃げろと口を揃えた、堕ちた聖騎士と鏖殺将軍だった。

 勝ち目が薄い中でもワンチャンあるかと思った俺の見込みが正直甘かったな。

 それまで組織のスカウティングが間違ってたことなんか一度もなかったのに、ヘッセリンク家当主の暗殺って案件だけはイレギュラーに次ぐイレギュラー。

 結果がボコボコにされたうえで簀巻きで転がされる始末だ。

 殺した人数が人数だから碌な死に方しねえとは思ってたが、まさか護国卿なんて呼ばれてるやべえ貴族に捕まって終わるとは思ってもみなかった。

 あの時は、変態に捕まってオモチャにされるよりはマシかと諦めもした。

 実際、生きてたっていいことなんか一つもありゃしねえんだから。

 

 狂人レックス・ヘッセリンク。

 名前くらいは知ってたよ。

 曰く、庶民の味方。

 曰く、貴族の怨敵。

 曰く、愛の伝道師。

 曰く、魔王。


 その魔王様が、今にも首を刎ねられそうな俺の命を救ってくれた。

 やべえ噂しかねえから、生き残ったあとも生きた心地はしなかったけどな。

 召喚獣の餌にされるのか、それともまじで男娼として飼われるのか。

 

 いつ死のうか考えながら毎日過ごしてたな。

 でも、何も起こらない。

 朝飯食って、屋敷の掃除やら兵服の洗濯して、昼飯食って、聖騎士や鏖殺将軍と手合わせして、風呂入って、晩飯食って、寝る。

 こんなに穏やかな時間があったかと思うくらい。

 あの聖騎士と鏖殺将軍が俺の技術、特に足の運びを褒めてくれて、真似したくてもできないと太鼓判を押すんだぜ?

 いくら情緒に欠ける俺でもグッとくるってもんさ。

 ああ、楽しいなあって思う傍で、いつ魔王の沙汰があるか分からない生活が続いた。

 ついに耐えきれなくなった俺は鏖殺将軍に訊ねた。

 レックス・ヘッセリンクは俺をどうする気だと。

 俺の命を救って以降、姿さえ見せないのはなぜだと。

 隠すことでもなかったんだろう。

 鏖殺将軍は晩飯のメニューでも答えるような気軽さでこう言った。


『貴方の古巣を壊しに行かれましたよ? 可哀想に。さて、何人生き残ることやら』


 子が狂人なら親も狂人だった。

 俺の命を救いたければ一人で乗り込んで壊滅させて来い?

 流石に無理だ。

 国中に張り巡らされた情報網と人を殺すことに特化し過ぎた手練れを相手に一人で立ち向かうなんて。

 鏖殺将軍の胸ぐらを掴んで早く助けに行くよう叫んださ。

 

 そんな純粋な時期があったなあなんて今なら笑っちまうけど、あの時は本気だったんだよ。

 

 結果、俺を育てた組織はレックス・ヘッセリンクに狙われて壊滅。

 鏖殺将軍曰く、生き残った構成員も散り散りになって地下に潜って息を潜めて動かないらしい。

 レックス・ヘッセリンクという名の狂人一人の活躍で、レプミアの闇が一つ永遠に取り払われた。


 これまで人生の大部分を占めて来た組織があっけなく消えたことで、不思議と何もする気が起きなくなった。

 組織を恨みながらも、どこかでその一員だったことを誇りに思ってたのかもしれない。

 そんな、拠り所を失って空っぽになった俺に、堕ちた聖騎士様が頻繁に声をかけてくれるようになった。

 後で聞いたら、似たような境遇だった自分を重ねて、見るに見かねたらしい。


「お館様の趣味は人材発掘だそうだ。私やお前は、あの方のお眼鏡に適った者同士。そういう意味では私達は歳の離れた兄弟のようなものだな」


 普段は笑顔なんて欠片も見せない堅物の極みのような聖騎士が、レックス・ヘッセリンクのことを語る時だけ笑顔を見せた。

 まあ、やべえ噂に関しては主人に勝るとも劣らない危険人物が心酔してるとこがまたあの狂人のヤバさを物語ってる気がして寒気がしたもんだけど。

 

 ある日、レックス・ヘッセリンクが組織を潰して帰って来た時、正直どうリアクションすればいいか迷った。

 組織に感謝なんか小指の爪の先ほどもねえ。

 かと言って、全員を恨んでるかと言うと少数だけどいい奴がいたのも事実だ。

 俺みたいに攫われたのもたくさんいた。

 そんな事情関係ねえのはわかってるけど、そんな奴らも無差別にやられたことを思うと素直に屈服する気にはならなかった。


「人を無差別大量殺人犯みたいに言うのはやめろ。情状酌量の余地がある構成員は生かしてあるさ。それがお前の言ういい奴と一致するかは知らんがな。確認するか?」


 食ってかかった俺に投げつけられたのは分厚い紙の束。

 こいつ、こいつも、こいつも。

 俺の母ちゃん代わりのアデルおばちゃん、食堂でいつも多めに食わせてくれたビーダーのおっちゃん、同い年で攫われて暗殺を強制させられてたクーデル……。

 俺が死なないで欲しいと思ってたやつらの情報が載った紙だった。


「狂人にも理性はある。ちゃんと殺すべきと生かすべきを選別したうえでことを起こしているんだよ。まあ、少なくない数を討ち漏らしたが、正すべきはいずれ正すさ」


 なんだこの懐の広さは。

 狂ってるんじゃなかったのかよ。

 ふざけんな、こっち側の人間のはずだろお前だって!


「なんだ、涙を流す情緒があるのか。いいじゃないか。人形じみた顔よりも泣き顔の方がよほど美しい。メアリ、これからお前は僕の家族だ。お前の敵は僕の敵と同義。まあ、堅苦しく思う必要はない。僕のことは歳の離れた兄くらいに思ってくれて構わないぞ」


 歳の離れた兄弟って、聖騎士とおんなじ台詞じゃねえかって笑っちまった。

 

 これが、俺が名もない暗殺者からヘッセリンク伯爵家付の暗殺者メアリとして生まれ変わった瞬間で、兄貴、レックス・ヘッセリンクに生涯の忠誠を誓った瞬間だった。





 




 

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