第10話 永遠に推しと

「そうだココちゃん。旅に出る前に寄りたい所があるんだが、いいか?」


「もちろんです!」


「じゃあ、ちょっとついてきてくれ」








 推しについていくこと数分。

 村長の家、右脇道を通っている。この道は本来なかった。これも、旅行商ココというバグのせいだろうか。


「ここだ」


 脇道を抜けた先にあったのは。


「おふぅ……」


 共同墓地。芝生に、海外でよく見る平板状でグレーの墓標が、整然と並んでいる。

 ダメだ、もう涙腺が緩んできた。先を読めてしまった。だけど、行くしかない。


 推しの後に続き、二列ある墓標の真ん中奥ら辺にやって来た。


「最後に、挨拶をしときたかったのさ」


「……」


 だから、ダメだって。歳を取るごとに涙腺がバカになってきてんだから。


 墓碑銘ぼひめいには、こう書かれてあった。


『永遠にあなたと。スフィア・アグレシオ』


 涙腺ボカーン!

 涙腺終了、ル終のお知らせ。


 『未来クエスト設定資料集』、実は、四冊買うと、マル秘設定資料集がもらえるというものだった。

 数少ないプレイヤーに、たくさん買わせようという、運営の策略だ。

 私は、その策略に、まんまと乗った、訳ではない。最初から目的があって四冊買ったのだ。


 その特典マル秘に書いてあった。


 テイオス(フルネーム:テイオス・アグレシオ)

 CV:なし


 結婚歴あり。

 だが、妻であり幼馴染みのスフィアは病気で亡くなった。

 これ以後、彼は独身を貫き、誰とも結婚しないと心に決めた。


 そう、そうなのだ。実は幼馴染みと結婚していたのだ。

 しかも、幼馴染みのスフィアさんはマル秘資料によると、色白、健気、穏やか、スレンダーと、守ってあげたくなるような女性! 私がなりたかった女性像!

 そして、推しは彼女を、生涯愛すと誓っている。妻一筋。そんな更なるギャップも相まって、好きになったのだが。


 ……うん、そう。私は報われない確定な恋をしている。

 だが、この切ないポジ、嫌いではない。嫌いではないが、これは。


「ふ……」


 ちょーっと、涙ちょちょぎれそうだぞー。そして、この言葉も古いぞー。


「テイオスさん」


 涙が流れぬよう、目を全開にした。


「どうしてぇ」


「供えるお花を忘れたので、探してきますね」


「おう、ありがとな」


 そんな切なそうな顔で笑わんでくれ。目が乾いてきてコンタクトが落ちそうで、もうすぐ瞬きしそうなんだ。


「エンウーや、花を、摘みに、行くぞ」


「ココさん、変な顔だコケ」


「ほっとけ……」






 村長の家、正面。


「うわああぁん! ウンエーよぉー!」


 涙ダム崩壊。


「どうしたんだコケ!?」


「何だあれはー!? またイジメかぁー!?」


「類は友を呼ぶって言葉があるコケ? ココさんというバグが新たなバグを呼んだんだコケー」


「もうっ、わかったよぉぉっ」


「けれど、今のポジ、何気に好きだコケ?」


「だからっ、心を見るなよぉぉぉっ!」


「バグであり、褒美だコケー!」


「ありがとよおぉぉっ!」


「そういえば、どうしてココさんは泣いているんだコケ?」


「自分の胸にぃっ、聞いてみろよおぉぉ!」


 右翼を自分の胸に当てるウンエー。


「思い当たる節はないコケー」


「それでこそウンエーだよおぉぉっ! っく……。はぁー……」


 一頻ひとしきり泣いた。花を探そう。

 戻ってきた脇道を振り返った。村長の家の脇に、ちょうど良さげな美しい花が咲いていた。


「できすぎじゃろ……」


 それをそっと採り、共同墓地に戻った。







「テイオスさん……、こんなのしかありませんでした。すいません……」

 

 道端に咲いていた、百合に似た白い花を見せた。


「おぉ! ありがとな! それ、あいつが好きだった花なんだ」


「……ですよね」


 知っております。

 マル秘に書いてありました。


 スフィア(フルネーム:スフィア・アグレシオ)

 CV:なし


 享年:43歳。

 ビギニア村、道具屋主人テイオスの幼馴染みで妻。

 色白、スリム、儚げ美人。小さい頃から難病を患っていた。だが、それを感じさせぬように、いつも笑顔でいた。


 好きな花は、アンレム(百合に似た白い花)

 花言葉は、いつまでもあなたと一緒。


 いつまでも推しと一緒ー! いつまでもぉー! 推しとぉー!


「うっ、っく……、テッ、テイオスッさん」


「どうしたココちゃん。って、目が腫れてんぞ!?」


「トイレ行きたいのっ、我慢していたらっ、こうなりましたっ。行ってきてっ、いいですっ、かっ?」


 こういう時に便利なトイレネタ!


「お、おおっ。村長にでも借りてきな」


「は、いっ。そうっ、しますっ」


 推しに花を渡し、わざとお腹を押さえて涙を拭いた。そして、共同墓地を後にしようとし、一瞬だけ推しをチラ見。


「…………」


 私が渡した花を墓標の上に置いて、手を合わせている。哀愁漂う、でも愛おしそうな顔で。


「……」


 その横顔もしゅき!


「…………」


 幼馴染みさんへの、妻への想いが溢れている横顔を見て思った。


 ……私はバグで第三者。

 本来ならいなかったし、いてはいけない。

 だから、二人の、推しと幼馴染みさんの間に入る余地がないとしても。


 報われない恋だとしても。


 推しが、あなたが消えないのなら。私はバグでも何でもいい。道化師ピエロでも。

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