第9話 限定衣装

「僕も忘れないでほしいコケー!」


 握手をしている推しと私の周りを走り回るエンウー。


「おおっ、もちろん忘れていないさっ。なぁっ、ココちゃん」


 推しに満面の笑みを向けられ、


「……はい、大事な相棒ですからねー」


 と、答えるしかなかった(棒読みで)。


 今! 私と推しだけ、時が止まっていたのにー!


「しかし……」


 旅に出るといっても、この服装でか!? 服装……、衣装……。


「テイオスさん、手を離しますね?」


「お、悪かったな。ずっと握っていて」


 推しは右手を離した。


「……」


 いえ! 本当は離さないでほしかった! 接着剤でくっつけようかと思ったくらいです! そうしたら、お風呂もトイレも一緒!


「トイレはまずいか……」


 そこまで一緒だったら、もはや、変態だ。


「ん? 便所に行きたいのか?」


「そう……、そうなんです! 漏れそうみたいなんです! エンウーが!」


「コ、コケ?」


 僕? みたいにエンウーは右翼で自分を指した。

 私はカッと目を見開き、口パクする。


「は、な、し、を、あ、わ、せ、ろ」


「コ、コケ」


 エンウーは大きく頷いた。


「そうなんだコケー! 漏れそうなんだコケー!」


「ははっ、仕方ない奴だなー。どっか草むらにでも連れて行ってやれ、ココちゃん」


「はいっ、そうしますー。行こうっ、エンウー」


「コケー」







 道具屋裏。


「何で僕が、漏らしそうな哀れな鶏になんなきゃいけないコケ」


「その方が都合がいいからだよ。私が」


「酷いコケー」


「あなたは何回もしているよーねー? 都合のいいようにー、私をー、振り回してー、ねー?」


「ココさん、何か話があるんじゃないコケ?」


「……相変わらず、話を逸らすのが上手いねー」


「あ! ココさんのことだから、課金イベを思いついたんじゃないコケ?」


「まぁ、そうなんだけどさ」


「やっぱり! さすがココさん!」


「イベじゃないけどね。プレイヤーが課金をしたくなるアイテムを思いついたよ」


「何々!?」


「有料限定衣装だよ!」


「有料限定衣装?」


「そう! 例えば! 季節限定衣装! 春なら桜をモチーフにした服とか! 夏なら浴衣や水着とか! 秋ならハロウィン衣装とか! 冬ならサンタ服、コートやニットなどのあったか服とか!」


 MMORPGアプリではよく見かけた。私は途中で止めたし、課金もしていないが。


 ……だって。顔も! 性別も! 年齢もわからない! そんな何百もの人たちと! オンラインゲーム!? ギルド!? ワールドボス!? ……イジメか!? 死ねとか!? コミュ障の私に!


 そう、私は根暗でコミュ障なのだ。そんな私がハマるのは従来型RPG。そんな中で出会えた推し、しかもNPC。

 私はこっそり、テイオスさんをミラクエの奇跡と呼んでいた。


 未来クエスト、略称ミラクエ。ミラ、クエ……。


「あのさー、エンウーくん?」


「コケ?」


「未来クエスト、略称ミラクエ。どう考えても某有名RPGをっ、タイトルからパクっているよね!?」


「パクリじゃないコケ!」


「じゃあ何さ!」


「オマージュだコケー!」


「パクる人はねー、大体そう言うんだよー。パクリびと常套じょうとうなんだよー」


「コ、コケー……」


「ま、いいよ。それよりさ」


「コケ?」


「推しの水着をはよぉ出せ」


「水着?」


「リアルな肉体が見たいんじゃ」


「誰の肉体を見たいんだ?」


「テイオスさんですよ」


「俺?」


「そうっ、俺えぇ!?」


 振り向くと、推しがいた。実は伝説の武闘家じゃなくて、伝説の暗殺者じゃなかろうか。私の後ろを取るのが上手い。


「ココちゃん、俺の裸が見たいのかー。エッチだなー」


 わははっと笑われた。


「……」


 エッチですいません。やらしい妄想が好きですいません。


「でもなー、56のおっさんの裸を見ても、何も得しないと思うぞ?」


「いえ! めっさ得します!」


「どうしてだ?」


「それはめ……」


 の保養になり、妄想が遙か彼方先へと! 行けるからです!


 を、ごっくんこ。


「め?」


「めー……ざす肉体だからです!」


「目指す肉体?」


「そう! 私、ダイエットを始めようと思いまして! テイオスさんみたいになりたくて!」


 ぽっちゃりだから通じる言い訳! ぽっちゃり万歳!


「ダイエット?」


「みゃふんっ!?」


 右脇腹を摘まれた。揉まれたり引っ張ったりされる。

 ダメですそこは! デンジャラスミートですー!


「俺は、女の子は、少しぐらいふくよかな方が、可愛いと思うぜ?」


「私、ダイエット始めるのをやめます」


 キリッ。


「おうっ、それがいい。でも、女の子も少しは筋肉があった方がいいからな。筋肉の付け方なら教えてやれるぜ?」


「私、筋トレを始めます」


 キリッ。


「ハハッ、いつでも付き合うからな。ま、そういうことで、俺の裸は夏まで待ってくれよな?」


「私、夏まで良い子で待ちます」


 キリリッ。

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