第3話 マジ卍
「……だから、イミフだってば」
光が消え、青い空間にいたはずの私は、見慣れた村の入り口に立っていた。
そう、忘れるはずもない、未来クエスト『第一章、伝説の始まり』に出てくる、始まりの村、ビギニアだ。主人公の故郷だ。
「よかったねー、ビギニアに来れて」
ふわりと、封筒の運営……、ウンエーが現れた。
「いや、イミフだってば……。何でビギニアにいるの」
「だからー、誰もが課金をしたくなるイベントを考えて、って言ったじゃん。じゃあ、せっかくだから、第一章から見直してもらおうと思って」
「だからって、何でゲームの中に入れんの……」
「さっきお水を飲んだでしょ?」
「ああ、ダジャレ
「ダジャレ水って酷いなー。あれはね、僕の涙で作った神の水なんだっ」
「運営の涙!? うげぇー」
「……もう助言をやめようかなー」
「ミネラルウォーターより美味しかったです。ごちそうさまでした」
ペコリ。
「最初からそう言えばいいのにー。そう、だからね、神の力入り水だから、君はもうこのゲームの住人さっ」
「えっ? ポジはまさか推しの嫁!?」
「そこは自分で探してみてねー。アデュー」
シャランッと、謎の効果音と共にウンエーは消えた。
「ええー……」
村を見渡した。
始まりの村ビギニア。村といっても家は五軒しかない。
奥から村長の家、左上、
「おおー、嬢ちゃんじゃねーか。久しぶりだなー」
もしや! この声は! って、声? え、まさか!
「CVが付いたの!? テイオスさーん!」
声がした右斜め上の方を見た。
「キャラクターボイスって、声がない奴なんていないだろ」
「はふぅん!」
思わずお昼の栄養バーが胃から出そうになり、口を右手で押さえた。
テテテ、テイオスさんがっ……、喋って動いているー! しかも2Dじゃない! 3D、いや、このリアルさは表現できない! 表現してはいけない!
しかし……。
「……」
2Dでさえ、ハンパないイケオジだったのに。2Dじゃないテイオスさんの色気、えげつな!
56歳とは思えない、ムキマッチョ。ここ、ポイントです。ムキムキ、ではないんです。ムキ、なんです。ちょうどいー胸板の厚さなんです! 顔を埋めたい厚さなんです!
そして、褐色の肌。髪は脇を剃り込んでの赤髪ソフトリーゼント。額と頬に傷痕。190はあるであろう身長。切れ長で赤みを帯びた黒い瞳。黒のウェリントン眼鏡!
服装! 上! 白のワイシャツに赤茶色のエプロン! 下! デニム!
そーしーてー、なーにーよーりーもー! 髭! 顎髭! もみ上げから顎にかけて顔の輪郭を覆うような髭だ。濃さは濃くもなく薄くもないちょうどよい髭具合! これが、ダンディさをえげつなくしている!
そう! 見た目はハーレーでも乗っていそうな、コワモテダンディ! 職業はバイクの整備士、いや、葉巻を加えたマフィアなくらい、
「……マジ
もうアラサーだし、若者言葉なんて知らないし、これ自体がもう古いだろうし、使い方を間違えている自信しかないけど。
「……マジ卍」
も一つおまけに。
「マジ卍ー!」
「不味い饅頭?」
斜め上から覗き込まれた。顔面偏差値もえげつな! 良い意味で顔面凶器ですね!
「テ、テ、テイオスさん」
「おうよっ」
定型文以外の会話ができる! 幸せ!
「こ、こ、こんにちは」
親戚のおじさん
「おうっ、こんちはっ、嬢ちゃん。今日はどうしてぇ」
「ぐはぁ!」
この歳で、嬢ちゃん。こそばゆっ!
「また珍しい品物でも、持ってきてくれたのかい?」
「ん?」
いやいや、私はただの経理事務員ですよ。心を無にして、ひたすら伝票を仕分けする事務員。給料日は無双するけどね。
それに、ほらー、服装を見ればわかるー、……って。
「……マージかぁー」
自分の服装を見て驚いた。安物の白トップスに黒ボトムスのはずが、白に紺色ストライプのワンピース。バレットという水色円形帽子、水色の貫頭衣型ケープ。ダックビルシューズという、革製でつま先の丸い水色
……ダッサ! 既にメンテしたい所だらけで、イライラしてきた。が! しかーし! テイオスさんの前だ、静かで、三歩下がって付いていくような女性を演じよう。
「ココちゃん、旅行商だろ? また面白いもんを、持ってきてくれたんじゃねぇの?」
「……」
ぎゅん! 心臓がぎゅん! ってなった。
ココココココ、ココちゃん!? 嬢ちゃんの次はココちゃん!? 何という連鎖攻撃だ!
正直な所、私は自分の名前が好きではない。
小、中、高と。
『ココーコココッ。ココーココココッ。あ、鶏はコケーか。ギャハハッ』
って、私がさっき動揺した時みたいな、鶏のマネで、男子からバカにされたからだ。
何故、こころの“ろ”を取ったのか、両親に詰め寄りたかった。
でも、私は一人っ子で、根暗ヲタ。それでも可愛がってくれた両親に、そんな事はできなかった。
が! 推しの口から聞くと! 世の中でクソ一番可愛い名前に聞こえる! これぞ、推しマジック!
「それに、ほら。今日も相棒と一緒じゃねぇか」
「相棒?」
私はテイオスさんが指差した方を振り向いた。
「コケ?」
「……マジ卍」
−−−−−−
あとがき。
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