うそつき市長(その5)
居間のテーブルもソファーのブランディーのボトルとグラスも、きれいにかたずけられていた。
床のカーペットや家具にも乱れはなかった。
ここで事故や事件があったようには、とても見えない。
母親が書いたという、折込チラシを半分に千切った裏に書いたメモを見せてもらった。
あわてて書いたのか、字はかなり乱れていた。
その紙片の角に、少し血が滲んだ跡があった。
「その後ママから連絡は?」
少女は首を振った。
「ああ、伯母さんが、お母さんの居場所を知っているらしいけど、教えてくれない」
「どうして?」
「たいへんな事件が起こったので、ママはしばらく隠れていなければならないって。・・・娘の私にも言えないってどういうことよ」
美香は、頬っぺたをふくらませ、口を尖らせた。
これだと、可不可を借りに、自転車を転がしてわざわざ遠くからやってくる必要はなかったのだ。
「すぐに、伯母さんの家に行って、何も言わずに上がり込んでさがしたけど、いなかった」
それを察したのか、美香は即座に言った。
「でも・・・伯母さんはママの居場所を知っている。それを伯母さんから聞き出せばいいだけの話だよね」
「でもね。あの意地の悪い伯母さんにいくら聞いたって、どうせ教えてくれやしない。だから、じぶんで探すの。可不可を貸して!」
「携帯は?」
「通じない」
「君は料理はする?」
「しない。お母さんは料理の達人だし・・・」
それを聞くより早く、可不可は流し台の前のリングにぶら下がったハンドタオルの匂いを嗅いでいた。
「お母さんのご両親とかは?」
「とっくに死んじゃった」
「じゃあ、君のお父さんは?」
複雑な事情がありそうなので、これは聞きたくはなかったが、やむをえない。
「ああ、あいつとは離婚して完全に縁がなくなった」
と美香はあっさりと答えた。
「あの夜、客があったとか言ったね。言い合いはしたけど仲直りしてどこかへ出かけたとか?」
少女はしばらく考え込んでいたが、
「口喧嘩とか、・・・そんなんじゃない。あれは殺し合いよ」
美香は、胸の前で手を固く握った。
・・・母親が書いたメモに、血が滲んでいたのを思い出した。
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