第125話 君を愛してる
結局、美織たちと合流した俺たちは、この間の海水浴のようにみんなで夏祭りを回ることになった。
そこで、全員で型抜きで勝負しようという話になったのだが、俺と美織の決着がつかないまま、現在12回戦目である。
「なあ、いつになったら終わるんだ?」
「だねー。でも、二人の勝負も見ものだよ」
「そうだけど、このままだと無限に終わらない気がするよ」
「そうだけどさー」
あまりにも長引いている勝負に、徹と奏がうっすらと文句を言い始めている。
そうは言ってもなあ
俺の目の前では、先んじて美織が型を抜こうとしていた。
だが、彼女はちまちまと削るようなことはせずに、板のど真ん中を優しくつくと、パキパキとゆっくりと型通りに割れていった。
さっきから、こんな感じだ。
「どう?負けを認めなさい、翔一」
「翔一、美織に負けるな!私はお前が勝つことを信じてるぞ!」
「そこまで熱くならなくても……」
俺はさっさと勝負を降りて、花火大会を見に行きたいのだが、玲羅が俺に熱い視線を送ってくるものだから、はいそうですか。と勝負を降りられないのだ。
というわけなので、次は俺の番。
型をテーブルの上に置き、俺は型のあるところとは違う場所を軽く叩いた。
すると、ポキッと音を立てて、型が抜けた。
「マジでどうなってんの?」
「すごいねー」
「くっ、負けたわ……」
「そんなに悔しい?」
各々がそれぞれの反応をしており、特に玲羅は俺に抱き着きながら喜んでくれた。
だが、彼女の態度は、なぜかくっつかれるほど不安と焦燥が混じっていくような気がしてならない。
まるで玲羅が俺のことをどこにも行かないように縛り付けようとしている感じだ。
「やっと終わったな。遥、そろそろ花火大会の席取りに行くか?」
「そうだね。じゃあねみんな」
そう言って、徹たちは人ごみの中に消えていった。
それを見届けた俺たちも、そろそろ別行動しようかと話し始めた。
「じゃあ翔一、私たちも超お高いテラスを予約してるから」
「お前、本気すぎるだろ……」
「いいじゃない?私たちは、夏祭りそのものが初めてなのよ。楽しまないと」
「そうだよお兄ちゃん」
「お前は、受験生ってことを忘れるなよ」
「わかってるって」
そう言うと、二人もテラスとやらがある方向に消えていった。
残された俺たちも移動しようと、俺が立ち上がると、玲羅が俺の服の裾をつかんだ。
「その、翔一……」
「どうした?」
「あ、穴場があるんだ。花火を静かに見れて、二人きりになれる場所が……」
「あ……」
「どうした?」
「い、いや、なんでもない。じゃあ、そこに案内してくれる?」
玲羅の穴場と言っている場所。俺はそこを知っている。
そりゃ、原作でそこに行くシーンはあったし、ファンなら押さえてなければいけない場所だ。
危うく、「原作にあった場所か」と口に出してしまうところだった。
気を付けないとな。
俺は玲羅に連れられて、少しだけ森の奥に進んでいった。
穴場というのは、原作において玲羅が一人で花火を見ていた場所だ。
なぜ一人で見ることになっていたかというと、原作での夏祭りはわかりやすく八重野イベントだったからだ。
八重野の心の問題を解決し、二人で花火を見る。それがストーリーだった。
一人のそのイベント内で蚊帳の外だった玲羅は、一人で花火を見るという、彼女のファンからしたら血涙ものだった。
「あの場所は、誰も知らない場所だ。八重野や豊西にも教えたことがない場所だ」
「そうなのか」
「すごくきれいで、静かで、あそこにいると自分だけの空間にいるような感覚になるんだ」
「そうか。じゃあ、あそこに誰かを呼ぶのは初めてなんだ?」
「あそこ?知ってるのか?」
「あ、いや、そこに人を呼ぶのは初めて?」
「……?そうだな。誰も呼ばずに一人で楽しむつもりだったが、今は恋人と一緒に見たいと思ってる」
「ふふ、なんかうれしいな」
「なにがだ?」
「本当に、俺が玲羅の唯一の存在になれてる気がして」
「ば、ばか……そんなのは、もっと前からそうだ」
彼女は俺の言葉に頬を染めるが、少しうつむくだけで絶対に腕からは離れようとしなかった。
また少し、彼女の恥ずかし耐性がついてきたみたいだな。
しばらく歩いていると、木々が開けている場所が見えてきた。
あそこだな。
「ついたぞ。ここなら、絶対に誰の邪魔も入らないし、花火がきれいに見える」
「誰かの邪魔って……」
「夢を見た。翔一がいなくなって、違う誰かと結婚してしまう夢」
「そんなことは現実にならないよ」
「でも、不安だ。いつか、こんな私に翔一が愛想をつかしてしまったら」
「……そんなに俺のことが好き?」
「ああ、私は―――っ!?」
俺はついて早々に語り始めた玲羅の口を塞ぐように、キスをした。
普段は、あまり自分から舌を入れたりしないが、今日が俺が先んじてねじ込んだ。
誰もいない木々の中。花火も始まっていないせいか、俺たちのキスの瑞っぽい音だけがあたりに響いていた。
最初の一瞬だけ戸惑っていた玲羅だったが、すぐに俺のを受け入れてくれて、積極的に彼女からも口腔内で強い接触があった。
その時だった。
ドン!
破裂するような音ともに、真っ暗な空に何輪もの花が咲いた。
一つ、また一つと花火が打ちあがるが、キスをやめることなく、俺は玲羅を草むらに押し倒して、玲羅を上から押さえ込むように―――俺のキスのエネルギーがどこにも逃げずに玲羅だけに集中するようにした。
俺からは花火が一切見えないが、たぶん玲羅にはキスをしながら花火を見ることができているだろう。
どれくらい唇をつないでいただろうか、長い長い間、彼女を貪りながら、俺はようやく少しだけ玲羅から顔を離した。
「ぷはぁ……はぁはぁ……翔一……」
長い間していたからか、彼女の息は絶え絶えで、綺麗な瞳から一筋の涙が流れていた。
「玲羅……」
「本当は、翔一に戦いなんかしてほしくない。いつもいつも帰ってくるか不安で仕方がない。翔一が強いからと待っていられるのも限界があるんだ……」
「その、悪かった」
「終わった後に、笑顔で私を抱きしめてくれる翔一は好きだ。でも、私を不安にしながら待たせる翔一は大嫌いだ。本当に……本当に苦しいんだ―――っ!んぅ……」
「ん……玲羅がそういう気持ちになっているのは考えなかったわけじゃない。でも、俺にはどうしようなく戦わなきゃいけないことがある。その時、玲羅が―――誰よりも愛おしい恋人が待っている。そう考えると、体の底から力が湧いてくるような感覚になるんだ」
彼女の不安はなんとなくわかってた。
俺にいなくならないでほしい。そう言っていた時点で、なんとなく察していた。
だが、俺にもどうしようもないときはある。
恋人を一番に思うのは当たり前だ。
だが、俺にも親友と呼べるに値する人間がいる。家族もいる。ずっと馬鹿やってた幼馴染だっている。優先順位は、玲羅と同じくらい大事なんだ。
それを玲羅には分ってほしい。―――そして、誰が彼女にとってそれがつらいことでも、俺にとっては戦う中で、玲羅が待っていてくれることは、俺の唯一の支えなんだ。
「玲羅が待っていてくれるのなら、俺はどんな窮地に立たされても、生き残る。なにがなんでも生き残りたいと心から思える」
「翔一……」
「なぜかわかるか?」
「それは……」
玲羅は俺の質問に答えられずにいた。
だが、なんとなく答えのほうは察しているようで、顔が真っ赤になっている。
俺はそんな玲羅にキスをして、頬を撫でながら言った。
「君を愛してるからだ」
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