第124話 ダブルカップル

 夏祭りで遭遇した俺たちは、そのまま一緒に回ることになった。


 といっても、始まってからそこそこ時間が経っていたので、お互いに回るところはほとんど回っている。

 なので食べ物というよりは、型抜きなど遊べるところを回ろうということになった。


 「こうして回ってると、いろいろあるよね。去年までも来てたはずなのに」

 「そうだな。去年より、行動範囲が広がったせいかな?」

 「出店が増えたとかじゃないの?」

 「翔一、ここの夏祭りはほとんど同じところしか屋台を出さないんだ」

 「へー、でも有名店の出店とか見かけるよ?」

 「それはまあ、いくつかは新しいのはあるさ」


 見渡すと、俺が見たことのないものばかりで、興味を持つものばかりだった。


 「む?翔一、あれをやりたいのか?」

 「―――あれはなにするんだ?」

 「あれは、無数のひもの中から一本だけ引っ張って、つながってる賞品をもらえるというものだ」

 「へー、お!ゲームの最新機種あんじゃん!」


 一回600円。先ほどまで回っていたものより高いが、景品には目を引くものがあった。はずれはそれなりに安っぽいが、ねらい目ではありそうだ。


 そんな会話をしていると、徹が入ってきた。


 「翔一は、あれすんの?」

 「まあ、しようと思ってるかな」

 「じゃあ、俺もやるから、景品の値段で勝負しようぜ!」

 「いいぜやってやる!」


 というわけで、景品の価格勝負というなんとも子供じみた運任せ勝負が始まった。


 「「頑張ってー」」


 見届け人はお互いの恋人。

 彼女たちは、温かい目で見ていてくれるようだ。


 先攻は徹。


 屋台のおばさんに金を渡すと始まった。


 「おばさん、これ全部つながってるよね?」

 「もちろんさ。さすがにそんなあくどい商売はしてないよ」

 「どれにするか……」


 (だが、客側からすれば考えれば、考えるだけ意味をなさない。

 無数にあるひもの中から、あたりを引くのは確率的に期待値はかなり低い。

 だが、この屋台のおばさんは、ひもがどこにつながっているのかを把握しているらしいとの噂がある。

 過去、景品を当てた人たちは、おばさんの表情を見ながらひもを引っ張ると当てられるというものが)


 そう考えた徹は、一つ一つのひもを触りながら、おばさんの表情を見ながら選ぶ。そして、途中におばさんの顔が明らかに焦りが出たひもを徹は引っ張った。


 すると、その紐に引っかかっていたのは、お菓子の詰め合わせだった。


 「くそ……」

 「残念だったね。じゃあ、次の子」

 「徹、なんで一本ずつ触ってたの?」

 「いやあ、おばさんの表情の変化であたりがわかるみたいな噂があったんだけど、たぶん嘘だあれ」

 「そんなのあるんだ」


 徹に噂話を聞いた俺は、徹が表情をうかがいながらひもを選ぶ理由が分かった。

 こういうのは店の人の顔色を見ればわかるのか?


 「おばさん、もしかしてひもにつながってる景品全部把握してる?」

 「そんなことないよ。ここは完全に運勝負さね」

 「へー、その割にはずいぶん大きい反応見せるんだね」

 「……」


 俺がひもを少しずつつかんでいると、おばさんは微妙な表情の変化が現れた。

 安堵しているもの。焦っているもの。様々あるが、いくつかに違和感を感じた。


 まるでなにかを隠すために演技をしているように見える表情があった。


 「おばさんさあ、ババ抜き強いでしょ?」

 「まあ、昔から強かったねえ」

 「ポーカーフェイスとある意味逆のやり方。おばさんは表情をわざと表に出して、相手を誘導するタイプだ」

 「どうかね……」

 「でもさあ、人にはどうしようもない感情の機微があるんだよ。だから、ガチ勢には通用しないよ。そのやり方」


 クイ


 そうして俺の引っ張った紐の先には、最新ゲーム機がついてきた。


 「なっ!?」

 「はい、徹、俺の勝ちだ」

 「くそっ!また負けた!」


 そうして、俺は真っ白に燃え尽きた屋台のおばさんに袋をもらってゲーム機を入れると、その場を後にした。


 「すごいな翔一、あそこから景品をかっさらうなんて」

 「あそこ、そんなに有名なの?」

 「あそこ、景品はつながってるはずなのに、当たらないところで有名なんだ。なんでも、おばさんの表情のせいでなかなか取れないって」

 「そうだなあ、あのおばさん、焦ったと思ったら全然安いお菓子とかだからさまいっちゃうよ」

 「まあ、商売が成り立たなくなるんだし仕方ないんじゃない?徹君のお菓子、私にもちょうだい!」

 「ゲーム機どうしようかな。とったのはいいんだけど、玲羅がうちに来てから、あんまりゲームしなくなったんだよな」

 「翔一、私は知ってるぞ。お前がベッドから抜け出して、たまに深夜にゲームしてるの」

 「え?バレてたの?」


 玲羅の言葉によって、俺が夜にこそこそとゲームしていたのがばれてしまっていることを知った。

 そして、追い打ちをかけるように、徹が言った。


 「あー、だからプレ〇ター帯だったのね。シーズン変わってるはずなのに、ずっとそうだったの謎だったんだよね」

 「ねえ、誰も天羽さんが椎名君の家で過ごしていることはツッコまないの?」

 「「「今更でしょ」」」

 「普通、未成年の男女は同棲しないかんね!?」

 「いや、結乃いるしいいでしょ」

 「そうだな。現に翔一から襲われたことないし」

 「え、椎名君、天羽さんを襲ってないの?意気地なし!」

 「お、おい……「しばくぞ!」―――翔一……」


 奏の言葉に、玲羅がなにか言おうとしたが、俺がすぐさまにツッコミで制した。

 玲羅だけが知っていればいい。彼女が心配してくれればそれでいいからさ。


 そう思いを伝えるように、俺は玲羅の手を少しだけ強く握った。

 すると彼女は、それにこたえるようにより一層密着率を上げてきた。


 そんな感じで祭りを回ると、今度は遠くに美織たちが見えた。


 「ねえ、あれって条華院さんじゃない?」

 「ほんとだ。なあ、翔一、美織たちが」

 「あー、からまれてるねえ」

 「おま、助けないのか?お前の幼馴染だろ?」

 「徹、見とけ、あいつにはそういうのはいらない。てか、あいつもお前より強いからな?」

 「まじ?」


 俺たちが美織たちの動きを見ていると、強い口調で何かの言い合いを始めたのか、だんだんと美織の表情が暗くなってきた。


 そろそろ来るぞ。


 「おい、大丈夫なのか、あれ」

 「大丈夫だって、見てろ」


 キン!


 どことなく金属音が響いたような気がした瞬間、美織に絡んでいた男が股を押さえながら倒れこんだ。

 美織はそれだけで、離れていったのだが、結乃が追撃とばかりにもう一発撃ちこんだことによって、男は完全に意識を手放した。


 ご愁傷様


 蹴りを入れた美織は、俺たちに気付くとすぐさま俺たちのところに来た。

 来るなよ。仲間だと思われるだろ……


 「翔一、楽しんでる?」

 「まあ、楽しんでるかな。―――それはそうとお前」

 「なに?私の浴衣姿に欲情した?」


 俺はそういう美織の言葉を無視して、彼女の左右の胸元を両手でつかんだ。

 そして、それを内側に閉めるようにグッと引き寄せた。


 「ぐえっ、なにすんのよ!」

 「お前が浴衣の胸元開いてるから尻軽とでも思われたんだろ」

 「うるさいわね。恰好なんて、私の自由でしょ!」

 「他人はそう思わないんだよ。気を付けとけ」

 「はいはい。―――あら?玲羅、どうしたのよ。そんな険しい顔をして」


 美織がそう言うと、全員の視線が彼女に集まった。

 すると彼女の表情は、険しいとも焦りとも、悲しいともとれるような複雑な表情をしていた。


 なんかあったのか?

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