第101話 ゴミ掃除

 つま先を男の口の中にねじ込んだ椎名は、そのまま体を回転させて錐もみ状態で後ろに着地した。

 絶望で精神が壊れかけている蔵敷をよそに、椎名と男たちはヒートアップしていく。


 「ざっと6本」

 「て、てめえ……俺の歯を!」


 見ると、着地した椎名の靴には数本の歯が刺さっており、男の歯が根元からおられたようだった。

 歯を持ってかれた男は、激痛と戦いながら叫ぶが、口の中からとんでもないほど出血しており、正直なところ見ていられるものではなかった。


 「はは、歯がなくなって少年みたいな顔になってるぞ」

 「なめやがって……」

 「なめてないよ。――ただ、貶してるんだよ。お前、イキってる割に弱いよ?」

 「ふっざけんなあ!」


 椎名の安い挑発に乗った男は、そう叫びながら突っ込んできた。

 しかし彼にそんなものが通用するはずもなく、男は簡単なカウンターを食らってしまった。


 だが、そんな騒ぎを聞いて、近くにいた雑魚たちが集まってこないはずもなく、わらわらと人が集まってきた。


 「こう見てるとあれだな。―――ゲームでよくある、道中の敵を倒さないとボス攻略が面倒くさくなるやつみたいだな」

 「なに言ってんだお前……やっちまえ!」

 「「「うおおおおおお!」」」


 男の掛け声とともに、不良の雑魚たちは椎名に襲い掛かる。が、そんな戦力を彼はものともせずに1人、また1人と戦闘不能にしていった。


 その動きはまるで精錬された殺し屋のようだった。


 「いつまでうなだれてんだ」

 「でも……」

 「ちったあ前を向け。さっきも言ったろ、俺が味方だ。お前のダチでいてやるよ」

 「椎名……」

 「だから、あんまりしたばっか見んな。お前が俺に歩み寄ったんだろ?だったら最後まで責任もって、学校でも駄弁ろうぜ」


 大人数を相手にしてもしゃべる余裕すらある椎名に、蔵敷の彼女であったはずの女はイライラしていた。


 「ちっ、たった一人にどれだけやられてるのよ!」

 「朱莉、お前は黙ってろ」

 「そこの使えない男を人質にでも取ればいいじゃない!」

 「ああ、そうだな。その手があったな―――おい、そこのお前こっちに来い!」


 女に人質を取るように言われた男は、すぐさま膝をついている蔵敷の首根っこを掴み、引きずって運んだ。

 女の方もその姿ににやにやとしていて、まるでこれで勝負は決したような空気だった。


 いや、この一手が勝負を決めたのは確かだった。


 「おい!こいつがどうなってもいいのか!」

 「あ?なに言ってんだ、お前」


 椎名が振り返ると、蔵敷は首にナイフを突きつけられていて、まるで動けば殺すというような様だった。

 だが、椎名はそれに動揺するどころか、蔵敷に話しかけた。


 「蔵敷―――悔しくないのか?」

 「悔しい……?」

 「ああ、女を奪われて、馬鹿にされて、挙句の果てに俺の動きを止めるための道具にされてる。プライドないの?」

 「プライド……」

 「家の事情とかいう甘ったれた理由で不良になったお前からプライド取ったら何が残んの?」

 「それ、は……何も残らない……」

 「違う―――はっきり言ってやるよ。無様なゴミが残るんだよ」

 「ゴミ……」

 「戦え……己の尊厳を―――己の意味を守るために……ゴミになるなよ、蔵敷徹」


 それだけ言うと、椎名はまた背中を向けて不良たちを殴り始めた。

 いったい何の話をしているのか、無いようについていけなかった男は一切止まる気配のない椎名の姿に驚いた。


 「お、おい!とまらねえと殺すぞ!」

 「お前、馬鹿だな」

 「あ?んだと!」


 椎名が言葉を発すると同時に、蔵敷は俯き静かになった。だが、ふつふつと怒気がわいてきているのがわかる。しかし、手元に抱えているはずの男は椎名に集中して、それに気づいていない。


 「男ってのはな、単純なんだよ」

 「単純だと……」

 「すぐに怒るし、感情的になる。でも、それは男の美点だ。―――そして、男は女が絡むと目に見えて強くなる。それがたとえ、女に対する怒りだとしても」

 「なにを言って―――なっ!?」


 瞬間、「キンッ!」と周囲に音が鳴り響いたような気がした。

 蔵敷が、文字通りに自信を拘束していた男の玉を潰したのだ。


 「誰がゴミだって!」

 「はあ……目の前にいるだろ。ゴミの山がよお!」

 「そうだったな!行くぞ翔一!」

 「しきんじゃねえよ!」


 さすがは学校から怖がられる不良をやっていただけのことはある。そう言いたいほどに、蔵敷は強かった。相手は明らかに高校生の集団。そんな相手にも臆することなくボコボコにしていった。


 そんな二人は、集団の中心で背中合わせになって言いあった。


 「俺、今日不良やめるわ」

 「そうしたほうがいい。ちゃんと家族にも謝れよ」

 「ああ、ちゃんと筋は通す。その前に―――」

 「ああ、まずは最初に―――」

 「「ゴミ掃除だ」」


 そこからの光景は控えめに言って、地獄だった。


 死屍累々。その言葉が似合うような惨状に加えて、無傷の中学生2人。正確には、蔵敷の服の下にいくつかの痣ができているが、ほとんど無傷と言ってもいいという程度のものだ。

 対して、ゴミ共は一人として意識を保っている者はおらず、女の彼氏も全身傷だらけで男の象徴すらもズタズタにされていた。


 2人を除いて、最後に意識を保っていたのは蔵敷を裏切った女のみ。

 しかし、その女も殴り合いの途中で見た椎名の射殺すような目にやられてしまい失禁していた。


 辺りは、少しアンモニアの匂いが漂っている。


 しかし、椎名はそんなことお構いなしに女の胸倉をつかんで上につるし上げた。


 「なあ、どうする?この小便女」

 「……ご、ごめんなさい。と、徹……許して……今度はあなただけを好きになるから……」

 「馬鹿言ってんじゃねえよ?俺がそんなこと許さねえよ」

 「ひっ……」


 うるさく許しを請う女に、蔵敷は沈黙を貫いた。

 おそらく、自分がどうするべきか考えているのだろう。椎名なら、なんの躊躇もなく半殺しにするところだが、蔵敷が導き出したの違う答えだった。


 「なにもしない。女の顔に傷をつけるやつは男じゃねえかんな」

 「そうか……悪くないな。そういうのも」


 椎名は、その答えを聞くと女を捨てて歩き始めた。


 「じゃあ、ボコボコにしようとした俺は男じゃねえと?」

 「ち、ちが……そういう意味じゃ」

 「キョどりすぎだよ」

 「―――はあ……にしても、もう女はこりごりだな」

 「裏切らない女なら知ってるぞ」

 「そんな奴いねえだろ」

 「いるぜ、二次元に」

 「あはは!それもそうだな―――そうだ。今日の続き、この後いこうぜ。なに読めばいいんだ?」

 「じゃあまずは『この〇ば』見ようか」


 そんな他愛のない会話をしながら、廃工場から2人の姿は消えたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「と、まあ聞きやすいように脚色してるところはあるけど、概ね本当のことだ。つまり、これがあいつの異性と踏み込んだ関係にならない理由だ」

 「翔一って、この時からカッコよかったんだな」

 「今はいいでしょ、その話は……」


 俺は蔵敷の話をしたというのに、なぜこの子は……

 いや、嬉しいんだけどね。好きな人にカッコいいって言ってもらえるの。


 「蔵敷君、そんな過去が……」

 「あいつがそういうやつになったのは、俺の責任でもあるから、奏には頑張ってほしいの。前も言ったけど、女が原因の傷って、女じゃないと治せないんだよ」

 「だから、私が蔵敷君の傷を?」

 「ああ。友人とはいえ、同姓には限界がある。あいつが同性愛者じゃない限り、俺はこれ以上にあいつと踏み込んだ関係にはなれない。それができるのは、あいつの心の隙間に入り込める『恋人』ってやつだけだ。だから、奏―――蔵敷を頼む」


 俺のその言葉に、奏は最初は辛そうな表情をしていた。

 自分の好きな人が、自分と同じ女に辛い目にあわされていたからだろう。だが、同時に彼女にとってのチャンスだ。


 ここで蔵敷の心に入り込めれば、彼女は愛を勝ち取れる。彼女の恋は実ることになる。


 「―――うん!私が蔵敷君の傷を癒す!私が大好きな人は『蔵敷徹』のただ1人なんだから!」


 その力強い返事を聞いた俺たちは、店を後にした。

 蔵敷はその後、トイレから出てきてから、俺に食事分の料金を払ってくれた。


 まあ、俺は料金を建て替えたから当たり前なんだけど。

 俺たちはその後、そのまま喫茶店を後にし、途中の分かれ道で別れた。


 ふと、俺と玲羅が道を振り返ると、奏が蔵敷に抱き着いていた。


 「蔵敷君、辛かったんだよね。悔しかったんだよね……なんて声をかければいいのかわかんないけど、絶対に蔵敷君を―――ううん、徹君を落して見せるから。覚悟してね」

 「か、奏……」


 うん、2人はこれで大丈夫そうだな。


 これで、俺の友人は救われたのだった……と。


 「翔一、大好き……」

 「急になんだ?」

 「いや、私の愛は翔一だけのものだぞー、ってだけ」

 「ふふ、やっぱり玲羅は可愛いな。俺も大好きだし、愛してるよ」

 「むふふ……」






翔一「翔一の白亜幻竜ナビ!―――こっからはこの物語の世界やキャラについて勉強だっ!」

玲羅「今回はなにを紹介するんだ?」

翔一「今回紹介するのは―――これだっ!」


 『奏ぇ↓遥ぁ↑!』


翔一「身長体重ともに不明。すべてが謎に包まれた女だ!」

玲羅「な!?バカな嘘を混ぜるな!―――身長164㎝、体重57㎏。蔵敷にぞっこんの恋する乙女だ!」

翔一「恋する乙女……玲羅のことか?」

玲羅「な、なにを言っている!」

翔一「ああ、そうだな。玲羅は『こいすりゅ乙女』だもんな」

玲羅「なにを言ってるんだ?」

翔一「次回も―――よろしくっ!」

玲羅「あ、ごまかすな!」

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