第100話 始まりの破局

 それからその日は、椎名に本の話題でしゃべり続けた。

 蔵敷にとっては、わからないこともたくさんあったが、珍しく人の読んでいるものを見てみたという感情にかられた。


 「じゃ、じゃあさ、その本貸してくれない?興味あるからさ」

 「は?嫌に決まってんじゃん」

 「なんでだよ!」

 「新刊だし。そもそも、お前に貸すくらいなら古本屋に売る」

 「ひっでえな」

 「自分で買え。どうせ家が金持ちなんだろ?」

 「な、なんでそれを……」


 いつの間にか家が金持ちということを看破されて、狼狽える蔵敷。

 だが、椎名に家はおろか家族すらも見られたことはない。


 「金の使いが全く荒くない。大体は金の使い道が荒かったり、人に金をせびたりしてるけど、お前はそれをしていない。なら、金を使いたくないというのが深層心理にあるんだろう?」

 「……」

 「おそらく、家が金持ちなうえに、兄か姉がすごい優秀なんだろ?」

 「……お前、すげえな」

 「よくあるんだよ。面倒な思春期が、そういうグレ方するの」


 その言葉を聞いて、蔵敷は素直にすごいと思った。

 なぜ自分がグレたのか。それを完璧に言い当てた。家族構成すら言ってないのに、自分に姉がいることも見破った。


 「でも、俺は家の金を……」

 「お前がどういうつもりで、俺に絡んでるかは知らん。だが、自分でできることを他人にしてもらおうと思うなよ」

 「……わかっ、たよ。買えばいいんだろ!どこに売ってんだよ!」

 「今日の放課後、連れて行ってやろうか?」

 「あ、悪ぃ。今日、彼女とデートだわ」

 「……そうか」


 彼女とのデートと口にした瞬間、蔵敷は幸せそうな表情をしていた。

 クラスの連中は、蔵敷と付き合っている女子のことを不憫に思っていらが、椎名は違うことを考えていた。


 (こいつの彼女、大丈夫なのか?なんか、嫌な予感がする)


 「そうだ、じゃあお前の彼女もアニメの沼に引きずり込んでやろうか?」

 「は?でも……」

 「いいか?アニメの沼に2人ではまれば、家で体を密着させながら見ることができるぞ」

 「ゴクリ……」

 「そうして、恋愛アニメを見た後にあわよくば……」

 「い、行く!今日は彼女を連れて、本屋でデートだ!」


 (ちょろい……)


 だが、蔵敷は考えもしなかった。今まで、クラスに無関心を貫いた椎名が、突然デートに来ると言った異常に。この異常さに気付いて、椎名に事情を少しでも聞いていたら、この後の傷はもっと浅くて済んだはずだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 学校が終わった後、椎名たちは学校を出て、制服のまま駅前に来た。

 しばらくすると、蔵敷の彼女らしき人物が現れた。


 見た目は清楚で男受けがしそうな、綺麗な見た目をしていた。

 だが、椎名にはその女はあまり印象良く映らなかった。


 「香水くさ」

 「あ?これくらい、普通だろ?朱莉、今日もいい匂いだな」

 「ふふ、ありがとう。……そっちの人は?」

 「ああ、こいつは椎名翔一。転校してきたばかりだけど、なんだかんだ俺と話してくれる、良い奴だ」

 「へー、徹君をよろしくね」

 「ああ、よろしく」


 蔵敷の彼女に会ったというのに、椎名は素っ気なかった。後のことを考えれば、椎名はすでに見抜いていたのかもしれない。


 「徹君、今日はどこに行くの?」

 「今日は、椎名の紹介で本を買おうと思うんだ」

 「え、本?」

 「そう。きっと、朱莉も気にいると思うからさ」

 「あ、あー、うん。じ、じゃあさ、そこのショッピングモールに……」

 「いや、今日行くのはこっちの独立した本屋だ」


 椎名は朱莉という女のいうことを遮って、1人で歩き始めた。

 そして、その女とのすれ違いざまに言った。


 「彼氏に買い物をしてもらうのはいいが、その浪費癖、治したほうがいいぞ」

 「……っ!?」

 「あ、待ってくれよ椎名!」

 「……な、なによあの男」


 女はそう小さくつぶやいた。だが、注意をしていた椎名はその言葉を聞き逃さなかった。

 ただ、言及しなかっただけで。


 本屋に着くと、椎名は早速蔵敷に紹介を始めた。

 ただ、明らかにスロースペースでなにかを探っているようだった。


 「で、椎名はなにがおすすめなんだ?」

 「お前、彼女ほったらかしでいいのか?」

 「あ?あ!ごめん朱莉。つい夢中になっちゃって」

 「い、いいよ……徹君もこういうの好きなの?」

 「いや、こういうのは今日初めてかな」

 「へー、そ、そうなんだ……あ、ちょっとトイレに行ってきていい?」


 そう言うと、女はトイレに駆け込んでいった。


 「腹痛いのか?」

 「お前、鈍感すぎるだろ……」

 「は?」

 「明らかに、あの女、お前に気がないぞ」

 「そ、そんなわけないだろ!」

 「現に、今のお前から一歩引いてるし、最初からお前を金づるにしか思ってねえよ」

 「ば、馬鹿なこと言うな!」


 椎名の指摘に、蔵敷は大声で反論した。

 というよりも、子供のような大声でねじ伏せるようなことをするだけだった。


 そんなことをするもんだから、店内から注目を浴びてしまう。


 「わかってんだろ。なんとなく彼女の様子がおかしいのは。でも、好きだからあえて目をそらしてた。自分が嫌いなものに執着するような女じゃないって思いたかったから」

 「う、うるさい!」

 「これ以降は時が来るまで言わない。だが、その時まで、俺とお前は他人だ」

 「ああ……人の彼女をどうこう言うのなら、お前は友達じゃない」

 「……友達になった記憶もない」


 そう言いあった後、椎名はなにも蔵敷に教えることなくその場を去っていった。

 しばらくすると、女の方も戻ってきた


 「ごめんね、徹君。あれ?椎名君は?」

 「帰ったよ。俺たちも、これから普通にデートしよう」

 「……その、ごめんね、さっき親から連絡来てさ。今日は外食にするから早く帰って来いって」

 「ああ、それなら仕方ないな」


 突然の用事にも、蔵敷は動じずに家に帰した。

 そのままやることのなくなった彼は帰宅しようと歩みを進めた。


 だが、その途中にある人物と出くわした。


 「時が来たらと言ったが、こんなに早いのは想定してなかったな」

 「椎名……何しに来た……」

 「ついてこい」

 「えっ!?はっ!?」


 椎名は最低限のことだけ言うと、蔵敷を持って跳んだ。

 その跳躍力は凄まじく、人を抱えているのにも関わらず、近くの家の屋根に着地した。


 「暴れるなよ」

 「だ、だから説明を!」


 蔵敷の叫びお構いなしに、椎名は屋根から屋根を伝って飛び、どんどん加速しながら進んでいった。

 そのあまりの衝撃の行動に、蔵敷は息を呑んで待つしかなかった。


 そして、ついた先は最近破棄された廃工場だった。


 「ここは……」

 「ここに、お前の彼女に仕掛けたGPSが反応を示してる」

 「おま、いつの間に……」

 「ここからは黙ってろよ。この先は、人が多い」

 「……わかった」


 廃工場の中に入ると、まるでRPGのモブのごとくチンピラが徘徊していた。

 その光景に、なんとなく嫌な予感がしているのだろう。蔵敷は顔を青ざめさせながら、目の前を見ていた。


 いくら否定しても、一度椎名の言葉で疑いを持ってしまった今。彼の頭の中には、本当に彼女が自分のことを好きではない。そういう疑念が膨らんで言っている。


 「大丈夫だ。なにがあっても、俺がそばにいてやる。今度は俺がお前に話し続けてやるからさ」

 「……ありがとな。でも、まだ信じたく―――」


 そう言おうした瞬間、奥の方から音の声が聞こえてきた。それも何度も繰り返すような低い声で。

 椎名は知っている。これがどんな声なのか。逆に、蔵敷は生では初めて聞いただろう。


 ―――これが女の啼くときの声だって


 「こ、この声は、朱莉……?」

 「進むぞ」

 「あ、ああ……」


 そのまま奥に進んでいくと、椎名にとっては想像通りの光景が。蔵敷にとっては、信じたくなかったものが目に入ってきた。


 「朱莉!」

 「はあ……はあ……あ?徹?なんでここにいるの?」

 「なにしてんだよ!」


 そこには男女の交わりをする蔵敷の彼女がいた。

 相手の男は、椎名たちより一回りもでかく、体格のいい男だった。


 蔵敷はあまりのショックで、その場で叫んでしまった。

 だが、それに対比して椎名は冷静だった。


 「やっぱ思った通りだ。お前は、あいつと同じ匂いがした。もちろん、香水の話じゃない」

 「なにを……言って……るのよ」

 「ヤリながら話すなよ……まあいいか。香水もその男との匂いを隠すためにしてたんだろ?」

 「よくわかったわね?」

 「てめえらみたいなクズによく会ってたからな」

 「あ、朱莉!どうしてこんなことを!」


 俺たちの会話を遮って蔵敷が叫んだ。

 椎名は仲間が来るだろ。と思いながら頭を抱えていた。


 「どうして?そんなの、あなたが金を持ってるからよ!」

 「か、金……?」

 「そうよ。あなたは私が欲しいと言ったら、何でも買ってくれた!だから、私の外面の彼氏としては最適だったのよ!」

 「じゃ、じゃあ、その男は……」

 「哲也のこと?こいつは、私の体を満足させてくれる人。あなたみたいな子供になにができるのよ」

 「あ、あ、あ……」

 「落ち着け蔵敷」


 女の言葉を聞いて錯乱し始めた蔵敷。それを椎名はなだめている。


 (蔵敷、お前は強い。だから、まだなんとかなるはずだろ?俺みたいに、壊れるんじゃねえ)


 「よかったじゃねえか。こんなクソ女で童貞卒業しなくて」

 「椎名……」

 「こいつよりいい女なんてごまんといる」

 「はあ?私よりいい女なんているわけないでしょ!ねえ、哲也!」

 「ああ、こいつはいい女だぜ。締まりもいいし、良い声で啼く」

 「下劣だ。下半身でしか、ものを考えられない。ゴミ共に慈悲はいらない。蔵敷、殺していいか?」

 「……っ!?だ、ダメだ!そんなことしたら……」

 「……不良って言ったの、謝るよ。お前、ほんとにお人好しだ」


 その瞬間、椎名の姿は消え、いつの間にかガタイのいい男の口につま先をねじ込んでいた。






翔一「翔一の白亜幻竜ナビ!こっからは物語の世界や人物について紹介だ!」

玲羅「今日はなにを紹介するんだ?」

翔一「今日紹介するのはこれだ!」


 『椎名家!』


翔一「総資産額不明、場所不明。なにもかも世間に知られることのない家だ」

玲羅「でも、武術宗家って……」

翔一「透明島二家における片割れの一家、武術の椎名家だ」

玲羅「それを今……」

翔一「椎名翔一は、昔からこの家が嫌いだ。なぜかって?クズしかいないからだよ!」

玲羅「本当に、翔一が外に出てきてくれてよかったなあ」

翔一「それはなんでだ?」

玲羅「誰よりも愛おしい恋人ができたからだよ!」

翔一「うれしいこと言ってくれるなあ!―――それじゃあ、次回もよろしくっ!」

玲羅「またねー」

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