第87話 咆哮
「正直なところで言うと、かなりまずい状況だわ」
「なにがだ?」
「あの教団、なにをしたか知らないけど、通信傍受ができないわ」
「そうか……美織ができないとなると、二家の技術を教団に横流ししている奴がいる可能性があるな」
美織は、現代社会程度の通信機器なら数分で傍受体勢に持ち込むことができる。
それができないということは、確実に二家の研究が関与している。
本来、二家の研究は外部に漏れることは許されていないから、何らかの方法でその情報が教団にわたっているのだろう。
そして、一番可能性が高いのが二家に教団の内通者がいるということだ。
ただ、今はその犯人を捜している場合ではない。今は目の前の問題から目を背けてはいけない。
『速報をお伝えします。現在、私立希静高等学校にて立てこもり事件が発生しています。犯人と思われる人物は、警察に対して「ヒイラギ」という人物を連れてこいと要求しており、立てこもり犯数名との交渉が行われています』
「もうニュースにもなってんだな」
「当たり前よ。立てこもりの上に御曹司がいるような学校よ。話題にならないはずがないわ」
「それもそうだな。それで、内部の情報は掴んだか?」
「中々難しいわ。試作の小型探査機を学校中にばらまいてるけど、奴らの正確な会話内容とかは掴みづらいわ」
「わかった」
「それにしても、あなたは本当にその姿が似合うわよ」
そう言われる俺は、袴に刀の姿で美織の隣にいた。
これが俺たちの戦闘服みたいなもんだ。
というか、なぜ美織の家に、俺の袴と刀があるんだよ。
まあ、彼女曰く、どうせこうなるだろうから。だとのことらしい。
「似合ってるって言っても、俺は好きじゃないけどな、これ」
「そう?私はあなたのその姿が一番好きよ。そうだ。緊張をほぐすためにヤる?」
「急になに言ってんだよ」
「でも集中できるらしいわよ?」
「だとしてもしねえよ」
ったく、こんな時も美織はそんなんばっかか。
まあ、なんとなく肩の力はほぐれた気がするな。あまり、根を詰めすぎるべきではない。癪だが、ジジイの教えだ。もっとリラックスして……
「すでにおっさんが突入してるみたいだけど、ぶっちゃけ人質取られたらあの人何もできなくなるから期待はできないわね。少なくて23人、多くて36人ね」
「了解。じゃあ、行ってくる」
「わかってるわね?今回の制圧は、犯人を取り押さえることじゃない。全員抹殺よ」
「わかってるって」
俺は美織の言葉を聞いてから、家を飛び出した。
近隣はすでに家から出ないように警報が出ているから、外はとてつもないほどに静かだ。
俺はそんな誰もいない道路を、誰かが中にいるかもしれない民家の屋根を、あらゆるところを走って、最短距離で学校に到着した。
俺は誰にも見つからないように、少し手前の家の屋根の上で様子をうかがった。
相変わらず、保護者達が警察に詰め寄っていて、対応に追われている。その奥、昇降口の方には特殊部隊が武装して、突入準備をしている。
俺が正面から入るのは、注意を引きすぎてよくないな。
警察に手を回していると言っても、上層部の方にの話であって、あんな警察組織の末端に情報がいきわたってるとは思えん。
ドゴン!
俺が色々と思案して、侵入経路を考えているときに、突然どこかの教室が爆発みたいな大きな音を立てた。
その音に、周囲の人たちが騒然とし、テレビ関係者たちが現場中継で騒ぎ始めた。
「今のは爆発じゃないな。爆発というより、衝突の音だ。おそらく、おっさんか」
今の音が鳴った場所は、おそらく俺の在籍しているクラス。
柊のおっさんはまずはそこを―――玲羅を助けようとしているのではないか?
俺も早く行かないと
そう考えると、俺はその場から一瞬にして消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少し前
「おい、このクラスに天羽玲羅ってやつがいるはずだが?」
クラスの入ってきたやつらが、そう言うと、クラスの視線が一斉に私に集まった。
奴の狙いは私?いや、もしかして翔一?
「どいつだ?」
「ひっ!?」
クラスの視線が集まろうとも、男はそれを泳がすように男子生徒に銃口を向けた。
おそらく、名乗り出るまで殺すつもりなのだろう。
そう考えると、私は気弱な生徒をその腕から引きはがして、名乗り出た。
「私が天羽玲羅だ」
「ほう?中々の美人じゃねえか。これならあのアホがほだされてもおかしくねえなあ」
「……っ」
アホ……おそらく翔一のことだ。私にほだされている。その表現こそはあまり好きじゃないが、現状でその言葉に当てはまるのは翔一しかいない。
非常に腹が立つが、私も含めて、クラスになにをされるかわかったものじゃない。
その時だった。
「ぐああああああああ!」
激しい爆発音とともに、バカでかい方向が教室に響いた。
「ふ、やっと来たか」
「貴様……『麗しき夜空の会』か」
「ああ、そうだ。柊弦太郎、待っていたぞ。あの娘を出せ」
「断る!」
私たちは、その展開についていけない。
だが、あの仮面をつけた人物を私は知っている。
中学の修学旅行の時に会った、仮面の男。その後、翔一の家にいた、改造人間の柊弦太郎。
顔こそは見えないが、雰囲気が怒気を孕んでいる。
「玲羅様、ご無事ですか?」
「え?さ、さま!?」
様呼び!?
少しだけ私は焦った。そんなたいそうな存在になったつもりはないからだ。
「玲羅様、とにかく学友とともに下がっていてください。返り血がそのかわいらしいお顔につかぬよう……」
「へ……?」
その後は一瞬だった。一瞬にして、片方の男を壁に叩きつけた。
「ぐえ……」という呻き声とともに、意識を手放しているように見えたが、壁にできた大きな血痕から、死んだというのがわかる。
「グアアアアアアアア!」
「知っているぞ。お前がそれだけの力を出せることは。だが、私たちがなにも対策しないとでも思っているのか!」
そう言って、男は柊に謎の機械らしきものを向けた。
その瞬間、柊さんが頭を抱えて倒れ込んだ。
「あああああ!」
「あははははは!そうだ!もっと苦しめ!さっさと女の居場所を吐け!」
「はあ、はあ……断る、と言っている……ぬおおおお!」
すごく苦しそうな柊さんを見ていると、とても胸が締め付けられる。
あの、機械。あれを壊せば、いいのだろうか?あれを壊せば、あの人は苦しまなくていいのか?
私はそう考えると、走り出していた。
間に合う。男の注意は完全に柊さんに向いていた。
まだ気づいていない。行ける。私なら。いつも翔一に守られてる。だから、今日くらいは……
そんな思いが届いたのか、私の手は男の手にある機械を取った。
私はすぐさまそれを強奪し、床に叩きつけて破壊した。
「なんだこいつは……女ああああ!」
「くっ……」
機械を破壊したものの、その瞬間に私は殴られて体勢を崩してしまった。
まずい、銃口がこちらに向いている。
「死ねえええええ!」
あたりに耳をつんざくような銃声が響いた。
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