第86話 過去 柊
「はあ……ちっ、無駄な手間ばっかり……」
『翔一、対象の全滅の確認をしたわ。早く被検体を回収して』
「了解」
俺はちょうど今、ある団体の支部を壊滅させた。
椎名家、並びに条華院家の改造人間が拉致されたからだ。
ったく、改造人間がただの一般人に負けるわけないだろうに。何してんだか
そう思いながら、ぶつぶつと愚痴をこぼしながら奥に進んでいくと、開けた空間に出てきた。
「あれか……」
その空間には、鎖につながれた人物がいた。
「柊弦太郎……だな?」
「お前は……?」
「椎名翔一、苗字で何者かはわかるだろ?」
「椎名……助けに来なくともよかったというのに……」
「そういうわけにもいかないんだよ」
俺が助けたのは、柊という男だ。
こいつは、二家の実験によって生まれたような人間で、見た目が少々特殊だ。
だからかは知らないが、鎖をはずしてからずっと片手で顔を覆うようにしている。
「別に俺に隠す必要はないだろ」
「それでもだ。私は、お前たちにつけられた顔が嫌いだ。醜く、おぞましい」
「そうか?俺はその顔、カッコいいと思うぞ」
「……」
回収とは言われたが、あまり気は進まない。
こいつは、独身で誰にも気に留められない。いなくなっても、誰も気づかないという理由だけで、二家に拉致されたような人だ。
俺はこんな関係ない一般人を巻き込むやり方は嫌いだし、自分の手ではやらないようにしている。それは美織も同じことなのだが。
しかし、家のほうが回収しろ。そう命じられたら、俺たちはやるしかない。
そんなこんなで、あと少しで出口というところで、柊が足を止めた。
「どうした?」
「確か、ここに……フンッ!」
彼は拳を握りしめて、ドカンという音とともに、扉をぶち抜いた。
その扉の奥には、ボロボロの衣服に身を包み、焦点を失ったような目をしている幼女がいた。
「なんだあいつ……美織、聞こえるか?」
『なに?』
「柊以外に、人がいたぞ。それも、年端も行ってなさそうな幼女が」
『奴らの残党じゃないの?』
「いや、そうでもなさそうだ」
『そう……じゃあ、とりあえず私の家に戻ってきて。その子も見てみるわ』
そう美織と会話をした後、俺は彼女との通信を切った。
柊の方を見ると、幼女を優しく抱きかかえ、不格好ながらもお姫様抱っこの形にして歩き始めた。
「なんとなくお前が捕まった理由がわかったよ」
「……余計なお世話です」
「そう言うなよ。なあ、俺のところに来ないか?」
「……は?」
「いや、そういう人が俺の周りにいてほしいだけだ。あんな狂った家にいたら、俺までやられちまうからな。だから、俺のところに来てくれないか?ちゃんと、あんたの言うことにも耳を貸すからさ」
「この子を育てたいと言ったら?」
「好きにしろ」
「……」
別に、特別ななにかを言ったわけじゃない。
ただ、俺のところに来てほしい。そうするのなら、融通は利かせるから。そう言っただけだ。だが、あの狂った家で実験台にされるより、よっぽどいいはずだ。
先ほどまで、大した会話をしていたわけじゃない。こいつは、あの家の出身ってだけで信じられないこともある。だから、すぐに来てくれるとは思っていない。
だが、いつかこいつが来てくれる日が来るのだとしたら、その時はめでたい日になるはずだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で?この子は?」
「わからん。教団組織のところに幽閉されてたというか、おもちゃにされていたというか。だが、細かいことはわからない。だからって―――」
「見殺しにするつもりはないんでしょ?でも、まずいわよこの子。目を見るに、明らかに何かしらの薬が打たれてるわよ」
「それをなんとかするのが、天才美織だろ?」
「なんでかしらね?嫌味にしか聞こえないわ」
「そんなつもりはない」
その後も、俺がなんとか説得して「はあ……仕方ないわね」と、美織に言わせて、幼女の処置をさせた。
美織でも、相当苦労する薬だったのか、幼女が全快するまで、丸5日かかったのはここだけの話だ。
ちなみに、柊の方は研究所から回収という名目で、美織の介護を受けている。
その柊に会うために、俺は柊の寝ているところに行った。
「よお、大丈夫か?」
「……研究所に口利きをしたらしいな?」
「悪いか?研究所の連中も、本家筋には逆らえないんだよ。奴らの研究の出資元はうちの家だからな。そんなことをしたらどうなるかくらいはわかるはずだ」
「余計なことを……」
「そうは言っても、お前に拒否権なんかないからな」
「ちっ」
俺の言葉に、彼は大きな舌打ちをした。
本当に立場をわかっているのだろうか?俺を怒らせたらどうなるか。それは想像がつくはずだ。
まあ、俺はなにかをするつもりはないけどさ。
こいつの二家に対する恨みは凄まじいものだな。
こんなでも美織の介護はしっかり受けているのだから、俺が口を出すことはないのだろう。
そう思い、美織の元に戻ると、たまたま来ていた綾乃がいた。
「なにしてんの?」
「ん?ショウ君が、幼い女の子を連れ込んだ―ってみおちゃんが」
「あいつ……誤解を招く言い方しかしないな」
「いいんだよ、ショウ君はそんな人じゃないのはわかってるから」
「……まあ、わかってくれてんならいいか」
そうやってほんわかしたような雰囲気で綾乃は、眠っている幼女の頭を撫でている。
その姿は、本当に慈愛にあふれていて、綾乃の人の良さというものがにじみ出ていた。
「綾乃はいいお母さんになるな」
「えー、そうかなあ?」
「ああ、なれるさ。綾乃はすごくやさしいから」
「えへへ、そうだと良いなあ」
俺の言葉を聞いてはにかみながらも、幼女を撫でる手は止めない。
そういうところも綾乃のいいところだよなあ。
「そういえば美織は?」
「ちょっと家に帰るって。なんか、薬が足りなくなったらしいよ」
「そうか……にしても、どうしようかなあ、この子」
「柊さんだったっけ?あの人が面倒を見るって言ってるんでしょ?」
「まあ、そうだけどさ。今回の奴らのせいで、柊とこの子は対象だとわかった。だから、2人の生活として放り出すって言うのは……」
「でも、大丈夫だよ。どんな時でも守るのがショウ君でしょ?」
「ふっ、それもそうだな。なら、あいつはうちの近くに置いておいて、ちょくちょく顔を出すようにするか」
こうして、俺は柊と幼女の住む家を、俺の家のすぐ隣に設けたのだった。
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