第75話 記者・明津

 あの日からクラスの空気が悪い。―――あの日と言うのは、俺が暴走した日だ。


 それを見た生徒たちが、俺のあらぬ噂を流したために面倒なことになっている。しかも、俺がいない間に、玲羅と美織がクラス内を引っ掻き回したために、本当に空気が重い。


 だが、クラス内を出ると、突然俺に対する評価が異常に高い人間が数人いる。

 そいつらは全員男子。金剛に彼女を奪われた連中だ。


 試合の日に、彼らは金剛がボコボコにされるのを、わずかにも期待していたら、それ以上になったので爽快だったらしい。


 そういえば、美織に仮面をつけてもらって気が付いたときに、何人かその場に残っていたな。失神も特にしていなかったはずなのに。


 ―――だが、俺はそいつらが嫌いだ。なぜかって?


 「「「俺たちに戦い方を教えてくれ!」」」

 「嫌だって言ってんだろ」

 「「「そこをなんとか!」」」


 俺に、武術を教えてくれとかほざくのだ。休み時間には必ず付きまとってくるので、昼休みに絶対に撒くために歩法を使わなければいけない状況になるのだ。

 そうしないと、玲羅との時間を奪われる可能性があるのだ。


 「はあ、はあ……めんどくせえ」

 「ははは……大変だな、翔一は」

 「本当だよ。物語じゃねえんだから、食い下がられても教える気はねえよ」

 「そうだな。そんなことしたら、私と一緒にいられる時間が少なくなってしまうからな」

 「それもそうだけど、誰かに暴力を振るうために力を欲する人間に、俺は武術を教える気はない。だからもう関わんないでくんないかあ?」


 そうやって愚痴を漏らすと、玲羅は黙って俺によっかかってきた。

 静かにしているが、雰囲気から慰められているような雰囲気だ。やばい、玲羅の優しさが心にしみる。


 そんな優しい雰囲気でまったりしていると、突然人の気配を感じた。


 だが、まだ隠れているつもりみたいだ。


 「そこにいるやつ出てこい」

 「翔一?」

 「その草むらの影にいるやつ、お前だよ」


 俺が場所まで言うと、隠れていたやつは出てきた。

 そいつは、みんなと同じ制服に身を包んでいたが、その身からあふれ出すオーラがほかのものと全然違う。


 なんとなくわかった。こいつ、今や俺と同レベルに有名な、財閥の御曹司の明津あくつか?


 「やあ、バレてしまったのなら仕方がない。ならば名乗るとしよう!私の名前はサマ!明津サマ!みんなは私のことを明津様と呼んでいる」

 「知るかよ、どうでもいい。なんの用だよ」

 「おやおやせっかちさんだな……女の子にモテないよ?」

 「玲羅にモテてるからいいんだよ」

 「ひゃわ!?」


 なんか馬鹿にされたので、俺は玲羅を抱いて、少し自慢した。

 こいつは前に一度だけ見たことある。


 明津サマ、明津財閥の御曹司。だが、三男ということで実家を継ぐことはありえず、今は高額の仕送りをされながら庶民生活をしているらしい。学校内で、奢ったりと羽振りは良いらしいが、噂によるとバイトをしているらしい変な奴だ。


 「見せつけてくれますねえ。これが、椎名翔一か……金剛先輩を病院送りにしたとは思えないほど、優し人物のようですね」

 「お、わかるのか明津、翔一は優しいんだぞ!」


 玲羅がそう興奮気味に言うと、明津は写真を一枚撮った。


 「椎名翔一の恋人で、魔性の女といわれている女生徒。だが実際のところは、彼氏にべたべたの甘々と見える」

 「本当に何がしたいんだ?」

 「まあ、今日は撮りたいものは撮れたのでいいでしょう。私の目的は、新聞部に貢献すること。そのためのネタに、椎名翔一、あなたを選びました!ぜひとも、私にあなたを掘り下げさしてください!」

 「ヤダ」


 俺は一言だけで、明津の提案を蹴った。

 なぜ新聞に取り上げられなければならん。


 そもそも、俺のなにを記事にするというのだ。


 「見出しは決まっています。立てこもり現場を制圧した張本人『椎名翔一』にせまる!」

 「……!?なぜそれを知っている」


 俺が制圧したという話は、世間には公表されていないはずだ。なのになぜ……


 「調べたな、中学に知り合いに会ってきて……」

 「さすが椎名君、頭がいいと言われることだけのことはありますね」


 さすがに、中学の奴らは、俺がやったことは知っている。

 俺は、すぐその結論にたどり着き、明津に言った。


 なぜか明津は嬉々として言う。


 「ばらされたくなかったら……とは言いません。ですが、私はあなたという人物を知りたい。なぜあのような力を持ちながら、優しくあれるのか。知ってますか?あなたの元同級生からの評価」

 「知らないな」

 「『天羽さんがいなければ、自分が告白していた』とか、『あいつは一生の親友だ。でも、親友って呼ばせてくれなかったけどな』だとか言われてますよ」

 「前者はともかく、後者はあいつだな」

 「そんなあなたを私は知りたい。そんな優しいあなたをみんなに教えて、あなたに対する恐怖を薄めてあげたい。私は、あなたに興味津々ですよ!」


 変な奴―――その評価は正しいようだ。だが、面白い。こんなような奴は、中々会えない。


 俺は決めた。こいつの提案を受けることを。


 「気が変わった。お前なら、いくらでも好きにすればいい。だが、俺の家族に迷惑をかけるなよ?」

 「翔一!?」

 「……はい!ですが、家族というのは天羽さんも入りますか?」

 「なぜそう思う?」

 「左手薬指に、同じ指輪が……そういうことでしょう?」

 「ふふ……面白いやつだ。洞察力も鋭いのか。ああ、玲羅は俺の家族だ。彼女に迷惑をかけない範囲で頼むぞ」


 こうして、俺の周りに、1人の記者が増えたのだった。―――まあ、記者というよりもパパラッチみたいだが……


 その後、授業も終わり、家に帰宅すると不服そうな玲羅が、少しだけ抗議をしてきた。


 「翔一、いいのか?明津の話を聞いて……」

 「ああ」

 「わ、私との時間が少なくなるかも……」

 「それも込みで、迷惑をかけるな、と言ったんだ。明津は、見た目以上に頭がよく、洞察力に優れて、最良の判断を下せる人間だ。おそらく、家の中で誰にも怒られないように身に着けたものだろう。それに、その状況は俺も似通ったところがある」

 「同情……か?」

 「いや、俺があいつを面白いと思ったのは事実だ」

 「私は?」

 「クールで、カッコよくて、可愛くて、ポンコツで、優しくて、涙もろくて―――」

 「いい!もういい!恥ずかしくて死んでしまう!」


 その後も少し2人で話して、玲羅は俺が明津に記事にされることを承諾してくれた。

 なぜ、玲羅の許可が必要かって?―――多分、俺を写すなら、玲羅が必須になるからだ。

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