第63話 八重野への呪い
「なにしてんの?」
「……っ、八重野」
俺たちがイチャイチャしている中に現れたのは、八重野佳奈。この世界において、玲羅と反対に属する人間。
いわゆる勝ちヒロインというやつだ。
「天羽……と、だれ?」
「こいつの名前は椎名翔一。私の彼氏だ」
「へー、あなたが?」
玲羅の言葉を受けて、八重野は俺のことをじっくりと見渡してくる。
視線が気持ち悪い。いや、狙われてるとかの意味ではなく、シンプルに好きでもない奴にじっくり見られるのは、いい気分がしない。
そう思っていると、玲羅が俺と八重野の間に割って入った。
「八重野、豊西はどうした?」
「あー、今はデート中じゃないの。今は、私の化粧品とか買いに来てるんだ。今度デートだから」
「……そうか、うまくいっているみたいでよかった」
「天羽は、その人とどんな感じなの?」
「その……とてもよくしてもらってる。最近は、本当に幸せだ」
玲羅の言葉に、八重野は「ふーん」と返す。興味がないのなら、聞かなくてよかったと思うのだが……
それにしても、玲羅は八重野が、彼女に罪を着せるような写真を撮ったことを言えば、どう思うだろうか?
―――多分、疑いはしないだろうな。おそらくではあるが、「八重野はそんなことをする奴じゃない!」って、言うだろうな。彼女は友人を疑うタチじゃないし、優しいから。八重野のことは疑わない。
「女って怖いな」
「ん?翔一、どういうことだ?」
俺は、玲羅の質問には答えずに、八重野を見て言う。
「怖いよ。どんな感情でしゃべってるの?男なら、多少は気まずさを感じて、ぎこちなくなるもんだよ」
「ま、まさか、あんた……」
俺の言葉に八重野は、青ざめていった。焦ってる焦ってる。
言いたいことだ言うと、八重野を置いてけぼりにして、俺は玲羅の手を取ってその場を立ち去った。
「ちょっと待ちなさい!」
「……八重野、なんだ?私は今、デート中なんだ」
「違う、天羽じゃない。そこの男―――椎名とか言ったかしら?ちょっと面かしなさい」
「なんで、お前に翔一がついていかなくちゃならないんだ!」
「玲羅……」
「なんだ?しょうい―――んむ!?」
俺は、八重野の言葉に憤る玲羅の唇をふさいだ。
ここは人目もあるので、舌を使う激しいものは控えた。
唇が離れた瞬間、玲羅は物悲しそうな声を出したが、それよりも急にキスされたせいで、頬が上気して上の空になっていた。
「しょういち……うへへ……」
「玲羅、俺は君しか見てない。誰よりも愛してる。だから、俺は玲羅を置いて、誰かの男になったりしない。約束だ。だから、ここで待っていてくれ」
「えへへ……わかったぁ」
そう言って、近くのベンチに座った玲羅を見届けて、八重野に手を引かれていった。
到着したのは、多機能トイレの中。男女で中に入るという異様な状況を無視してでも、誰にも聞かれたくないのだろう。
「そういえば、ここって多目的トイレって名前だったなあ」
「はあ?なに言ってんの、あんた」
「それが一人の男の愚行で変わっちまった。これも全部、渡〇ってやつのせいなんだ」
「本当になに言ってんのよ。それよりも―――」
俺が意味不明なことを言っていると、八重野が切り出した。
まあ、なにを言いたいのかはなんとなくわかるけどさ。
「もしかして、あのことを知ってるの?」
「なんのことだ?」
「そ、その……」
「言ってくれないとわからないなあ。あ、もしかして、俺が本当は知らなくて、余計なことになっちゃうかもとか思ってる?―――だとするなら、余計な心配だよ」
「……っ、どこまで知ってるのよ……」
「なにが?」
俺がどこまでもかわし続けると、八重野はしびれを切らしたのか、逆ギレのようなテンションで怒鳴ってきた。
「私が……私が、玲羅を嵌めたこと!」
「おお、自分でわかってんのか。なら、俺が怖いって言った理由もわかるよな?」
「……」
「沈黙は肯定だぞ」
「その通りよ……」
「肯定じゃん。まあいいや。罪の意識とかあるのか?俺がいなかったら、玲羅は自殺してもおかしくないくらいに追い詰められてたぞ」
「それはっ……」
言いかけるも、八重野は言いとどまる。見ればわかる。少なからずどころではない。かなり公開している節も見える。
正直、あそこまでのことになるのは、彼女にとって想定外のことではなかったのではないか?
豊西からの玲羅への信頼を落とせればいい。そのくらいの感覚だったが、思いのほか、玲羅を嫌う人間が多く、社会が暴力を絶対に許さない。そういうことをなにも理解していなかったのだ。
「まさか……あんなことになるなんて……でも、言ったら直樹に嫌われちゃう。そう思ったら、怖くて言い出せなかった……。天羽には悪いと思ってる。でもっ、でも、どうすれば……」
「はあ、醜悪だな……。女も男も、人の信頼を裏切るのは簡単だな」
「うぅ……」
「まあ、そういうことを加味して、お前の気持ちを考慮したうえで言う。―――別に、玲羅に謝る必要はない」
「え……?」
俺の言葉に、八重野は驚いた。おそらく自分の思っていたこととは違うことが返ってきたからだろう。
てっきり、俺に謝れと怒られると思っていたに違いない。
「玲羅を陥れたこと、それそのもの自体は悪いことだし、悔いることだ。でも、そのおかげで俺と玲羅は出会えた。恋人になれた。こちらは、少なからずではあるが、豊西と玲羅がくっつく可能性を完全に消したお前に―――本当にわずかだぞ?感謝してる」
「でも、それは椎名の気持ちで……」
「玲羅も、今はさほど気にしていないはずだ。いつも幸せそうに笑ってる」
「それだけで……」
「それに、友達が裏切る。その事実を知るのは、とてもつらいものだ。誰も信じたくない、そんな気持ちになるくらいな。俺は、玲羅にそんな思いをしてほしくない」
俺の言葉に八重野は黙り込む。
この真実を知るのは、玲羅が俺と幸せになって、その出来事がなければ、この幸せはなかったかもしれない。そう思った時、伝えるべきだ。今伝えても、玲羅は友人に対して悪感情しか抱かないに決まっている。
そんなことなら、伝えないほうがマシだ。
「俺から頼む。あの時のことは玲羅に伝えないでくれ」
「でも、私の気持ちは……」
「お前は後悔しろ。それくらいのことをしたんだ。知らなかったじゃすまされない。時が来たら、全力で謝る。そうする時を待っていろ」
「……わかった。天羽の幸せをぶち壊したりしないよ」
「うん、それでいい」
話は、意外かもしれないが、穏便に終わった。高校生はそれなりに大人だ。大声で口論、殴り合い。警察が飛んでくる。
「あ、そうだ。連絡先、教えて」
「は?浮気でもしたいのか?そういうのはごめんだ」
「はあああ!?そういうのじゃないし!あんたに天羽の好みとか都度教えてあげる!これでも、何年も幼馴染やってるのよ!」
「あ、大丈夫です。俺、玲羅のことならなんでも知ってるから」
「あんた、恋人じゃなかったらその発言はアウトよ」
アウトってなんだよ。ていうか、知ってて当たり前だ。なんせ、公式設定で、玲羅のスリーサイズまで把握している。もちろん、こんな犯罪臭に満ち溢れていることは言わないけどな。
まあ、せっかくだし交換はしておいた。玲羅に変な勘繰りをされるのも嫌だけど、なんだかんだ、困ったときに助けになるかもしれない。
俺はトイレを出るときに、一旦立ち止まって振り返った。
「な、なによ」
「一応、人からなにがなんでも勝ち取ったんだから、捨てるなよ。人を陥れてでも手に入れたものは、手放してはいけない呪いに侵されているんだ。気をつけろよ」
「わかってるわよ。それくらい直樹が好きだから」
「そうか―――じゃあ、お前はお前なりの幸せを見つけろよ」
「……わかってる」
こうして、俺は玲羅のところに戻っていった。
だが、先ほどのベンチに戻ると、今度は玲羅がナンパに絡まれていた。
「ねえねえ、遊びに行かない?」
「お姉さん、美人だね。どう?食事でも」
そうやって絡んでくる男たちに、玲羅はツンっと無視を決め込んでいた。
下手に気が弱いより、頼もしいな。
「玲羅」
「あ、翔一!早く帰ろう!」
俺に気付いた玲羅は、俺の腕につかまって笑顔になった。
うん、可愛いな。
さらば、名も無きナンパ男たちよ。相手が悪かったな。
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