第39話 卒業式を終えて
カシャ
俺と玲羅の2人だけの空間に、あの時と同じような機械音が響いた。
音のした方向に視線を向けると、カメラを構えている矢草の姿が見えた。
「2人とも、いい画だよ」
「矢草、空気を読みなさいよ」
「2人のその画はアルバムにのるからね」
「な!?ち、ちょっと待ってくれ!」
「どうしたの?天羽さん」
矢草の言葉に焦りを見せる玲羅。さすがにアルバムにのるのは恥ずかしいか。
まあ、俺も思い出として写真を撮るのはいいが、さすがにそれはちょっと恥ずかしいものがあるな。
「矢草、さすがに、俺でも恥ずかしい。せめて写真を撮るだけにとどめてくれないか?」
「うーん、まあ嫌がってるなら入れないけど、修学旅行の時の写真、入るらしいよ」
修学旅行の時の写真?あ、そういえばキスの写真……
玲羅もそれに気づいたのか、顔が青くなるを通り越して真っ赤になっていった。
「玲羅、落ち着け」
「わ、わかってる……ど、どうしよう……」
「落ち着けてねーじゃん。こうなったら仕方ない。もう、諦めて思い出ができたと思えばいいさ」
「うむ……どうにか割り切って……無理に決まってるだろ!
私と翔一の大事なキスだぞ!それがこれから先、一生誰にでも見れるものとして残るんだぞ!」
「だから、諦めようって……」
「うぅ……なんでこんなことに……」
先ほどまでの勢いが消え失せてしまった玲羅を俺は頭を撫でてどうにかなだめる。腑に落ちない顔をしてはいるが、どうにかして現実は受け入れたようだった。
「矢草……といったか?」
「なんですか?」
「できるだけキスの写真は、他人に見せないでくれ」
「わかったよ。この写真、とんでもなくよく取れたんだけどなぁ」
「残念そうにしてもだめだ。流出してるのが発覚したら、私はお前を呪うからな」
「怖いよ……」
玲羅が矢草に向かってすごむと、当の矢草はブルルと体を震わせて、その場を去っていった。
再び俺と2人だけになった玲羅は、俺の足の上に座ってきた。
「なあ、翔一……」
「なんだ?この姿勢が、今さらになって恥ずかしくなったか?」
「違う……最近は、こういうのは恥ずかしさよりも幸福感が勝つようになってきた。―――そうじゃなくて、私たち、屋上のど真ん中でこんなことしてるの、実は結構シュールな状況じゃないかな?と、思ってきたんだ」
「まあ確かに、ぽいところはあるな。でも、玲羅の言う通り、今が幸せだから何でもいいさ」
「そうか……私、重くないか?」
「いや、全然軽いよ」
本当に軽い。なんなら今から玲羅を抱えて立ち上がって、走ることもできる。これなら、玲羅が足を怪我してもお姫様抱っこで運んであげられる。
「そろそろ戻るか」
「そうだな。後輩たちの見送りもあるしな」
俺たちは集合時間も近づいてきたということもあって、屋上から教室に戻った。
それからはとても早く、卒業生たちは後輩たちの作ったアーチを潜り、そのまま帰宅した。
在校生たちは、このまま卒業式のお片付けだ。かわいそうに
俺?去年まで違う学校にいたし、なんなら準備と片づけは業者がやってたから、そういうイベントのそれは経験したことがない。
家に帰宅すると、玲羅が先に中に入っていた。
「ただいま」
「お帰り、翔一」
「なんか夫婦みたいなやり取りだな」
「そうだな。もしかしたら、数年後にはそうなってるかもな?」
珍しく玲羅が反撃してきた。だが、玲羅の顔は真っ赤だ。おそらくあまり余裕はないのだろう。だから俺はさらに畳みかけてみた。
「玲羅は子供は何人ほしい?」
「にゃっ!?」
「いっぱいほしいなら俺は頑張るよ」
「そ、そういうのは、私が言うものだろっ!」
「えー?俺も俺で体力使うけどなあ。まあでも、玲羅がよければ俺はなんでもするよ?」
ボシュッ
そう音を立てて、玲羅はショートした。ちょっとからかいすぎたかな?なんやかんや、それだけのことをする覚悟はあるけどな。
いつでも、俺は玲羅を愛してる。なにがあろうと、玲羅が不快に思うことはしたくもない。
それに、玲羅の嫌いなものは俺の嫌いなもの。もう、この感情は誰にも止められないってね。
「そうだ」
「ん?どうしたんだ?」
「今日の夜、出かけるから服とか考えといてね」
「出かける……って、なにをするんだ?」
「クラスの奴らと打ち上げするんだ」
「わ、私は邪魔じゃないのか?」
「んなことないよ。てか、玲羅のクラスも打ち上げやるの、知らないでしょ?」
「は!?初耳だが!?」
やっぱりな。うちのクラスは俺がいるから、玲羅に対する偏見の目はないが、他のクラスは以前までの妬みややっかみもあって、玲羅を仲間外れにしようとする動きも多い。そういうのは、女子に限った話ではないのだ。
玲羅は、よく告白されていたのだが―――まあ、断り方が過剰にひどいのだ。そのせいで、クラスの上位カーストを名乗るやつらに嫌われている。
そのせいで、打ち上げのことも伝えられていないのだろう。
「それならいいでしょ。多分、うちのクラスは玲羅のことを歓迎するよ」
「そ、そうだな……奏や八重もいるし……」
「まあ、俺との関係を冷やかされるかもしれないけどな」
「それは癪だな……」
俺はいいけどな。こう、どんどん別れづらくなる感じ―――お互いしか付き合う相手がいないみたいな感覚。
逆を言えば、周りに俺たちは歓迎されているともとらえられる。
よし、打ち上げの時は玲羅と片時も離れないでいよう。
そんなことを考えながら、玲羅の頭をなでなでしていると、急に声のトーンが真面目になった玲羅が喋り始める。
「翔一はさ……」
「なんだ?」
「昔あったこと話してくれないのか?」
それは……、とも、俺は言えない。正直、過去は綾乃だけではない。もっとあるし、他人にぶちまけて楽になるのなら、俺はそうしたい。玲羅と苦しみを共有して、少しでも楽になりたい気持ちはある。
だけど、それだけ大事な玲羅を、家の問題に引きずり込みたくない。
俺はそんなジレンマに苦しんでいる。
俺はそんな気持ちをごまかすように玲羅にキスをする。
「んぅ……翔一、これじゃごまかされ……わかった。これ以上は聞かない。でも、私はお前が苦しんでいる姿を見るのが一番辛い」
「悪い……」
「いいんだ。私はお前の過去を塗り替えるくらい幸せにしてみせる。だから、お前も私に甘えてくれ」
その日、打ち上げの集合時間まで、俺たちは身を寄せ合って時が過ぎるのを待った。
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