第36話 凛々しくも子供っぽい背中

 翌日、俺と玲羅は10時に目を覚ました。まあ、昨日の今日だ。俺も玲羅もゆっくり寝ていたい。

 幸いなことに、3年は今から1週間ほど休みだ。

 学校に来てもやることないんだ。


 そういうわけだが、朝ごはんは結乃が用意しておいてくれたらしい。いい妹だ。


 「んぅ……おはよう、翔一」

 「ああ、おはよう。朝ごはんは結乃が作ってくれたみたいだから。冷めてたら温めて食べて」

 「翔一は?」

 「ちょっとね。もう食べ終わったから、洗濯物とか干してる」

 「そうか……いただきます」


 そう言って、朝食を食べ始める玲羅。

 さて、俺は洗濯機に入ってる服でも干すか。


 玲羅が食べている間、俺は洗濯物を干すために2階のベランダに出た。ここは日当たりもよく、午前中だけでも干しておけば、たいてい乾く。外が雨の時は風呂場の乾燥機を使えばいい。


 洗濯物の内容は、昨日使用したものや洗面所などのタオル、各々の衣類だ。洗濯もので一番注意することは下着だ。結乃も玲羅も女の子だ。さすがに他人に見られるのは憚れるものがあるだろう。下着はピンチハンガーでタオルの影に隠れるように干す。多少隠れても乾くからな。

 2階だから、他より盗難の心配はしなくていい。


 ものの十数分で洗濯物を干し終えた俺は下の階に戻ってきた。すると、玲羅が真っ赤な顔で硬直しながら俺のことを見てきた。

 彼女はゆっくりとしゃべり始めた。


 「洗濯物……毎日してるのか?」

 「ああ、毎日じゃないけど交代でやってるからそれなりの頻度だよ」

 「え?じ、じゃあ、私の下着とか……」

 「ん?まあ、洗濯物に出てるからね」

 「ぬああああああああ!」

 「急に!?」


 突然玲羅が発狂し始めた!は?意味わからん!

 玲羅は発狂しながらも、頭を抱えてうずくまっている。よく見ると耳まで真っ赤だ。


 「そ、その下着を見て何か思ったか?」

 「え?いや、結乃のを死ぬほど見てるし、特に何も」

 「そ、それはそれで癪だ……」

 「あ、でも、最初は結乃より大きいから玲羅のだって思ってたけど」

 「くぅぅぅ!恥ずかしい!」


 ああ、下着を見られたのが恥ずかしいのか。まあ、俺みたいに慣れてる奴が触っていても、本人は恥ずかしいのだろうな。

 まあ、ぶっちゃけると、俺は原作知識で玲羅のスリーサイズは把握済みだ。だが、これは言わない。こことは別の世界があると言っても信じられないだろうし、そもそも犯罪臭えぐすぎる。


 「こ、これからは私が洗濯物をする!」

 「え?急に?」

 「異論は認めない!そもそも、私はこの家でなにもしていない!だから洗濯ものくらいは!」

 「まあ、いいけど……下着くらい俺は気にしないよ?」

 「わ、私が気にする!いくら、翔一でも勝負下着とか見られたら悶絶ものだ!」

 「あるんだ」

 「な!?聞かなかったことに……」


 できないよ……。ていうか、玲羅もそういうのあるんだ。


 そんなけたましい朝を終えた俺たちは、さっそく出かける準備をし始める。

 今日は、修学旅行の報告を玲羅の両親にしに行く。


 「翔一、準備できたか?」

 「ああ、じゃあ行くか」

 「うむ……翔一、手をつながないか?」

 「いいよ」


 そうして俺たちは自分たちの指と指を絡ませるように、恋人つなぎで玲羅の家に向かっていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ピンポーン


 『翔一君ね?ちょっと待ってね』


 インターホンで早苗さんがそう対応してくれたあと、扉が開いた。


 ガチャ


 「いらっしゃい。ほら中に入って。あの人も今日はお休みとってるから」

 「まあ、娘の危機だったわけですしね」

 「本当に大変だったわよ。何度失神したか……」

 「大変でしたね」


 かける言葉がない。ぶっちゃけ、いくらでも想像できる。

 親バカな善利さんのことだ。大騒ぎだったに違いない。


 「お邪魔しまーす」

 「た、ただいま……」


 そう言って二人でリビングに入ると、善利さんが待ち受けていた。善利さんは玲羅の顔を見ると、目じりに涙を溜めて飛びついてきた。


 「玲羅!」

 「うわ!?」

 「げぶし!?」


 おお、綺麗なストレートが入った。

 玲羅が、飛びついてきた善利さんを撃墜したのだ。あれ?泡吹いてね?


 「こら、玲羅。仮にもお父さんなんだから殴っちゃダメでしょ?」

 「そ、そうだが、急のこと過ぎて思わず……」

 「それでもダーメ。翔一君にそんなことするの?」

 「する気もない。というより、どちらかといえば飛びついてるのは私の方だ」

 「あらあら?もうそんな関係なのねえ」

 「どんな関係だ!私と翔一はまだ健全だ!」

 「え?まだヤってなかったの?」

 「母さんは、娘の貞操はどうなってもいいのか?」

 「あら?私は翔一君ならいいと思ってるだけよ?」


 天羽親子の言い合いは、見ていて飽きないな。終始、玲羅が劣勢で頑張って言い返しているところがいい。


 そう思ってみていると、突然話を振られた。


 「翔一君は、玲羅とシたいわよね?」

 「まあ、そういう気持ちがないわけじゃないですけど。玲羅がする覚悟が決まったらとかでいいですよ。言っても、俺たちはまだ中学生だし。結婚してからでもいいんじゃないですか?」

 「けっ!?」


 なにやら玲羅が変な声を出して真っ赤になったが、気にしないでおこう。

 それからは、修学旅行中にあったことを全部話した。だが、善利さんの心臓を心配して、玲羅に銃口が向けられたことは伏せておいた。また失神する未来が見える。


 それでも、玲羅はデレデレしながら「カッコよかった」とか「守ってくれた」とか話すものだから、善利さんにめちゃくちゃ睨まれた。

 だが、最後は「玲羅を守ってくれてありがとう」といわれて頭を下げられた。

 礼儀はちゃんと守ってくれるみたいだ。さすが、玲羅の親だ。


 そこからは早苗さんが用意してくれた昼食を食べて解散となった。

 別れ際、善利さんが、玲羅が帰るのを渋っていたが、早苗さんに黙らされていた。しっかり尻に敷かれている。


 「翔一……」

 「なんだ?」

 「な、なんでもない……」

 「……?」


 玲羅の家が見えなくなったころ、玲羅はなにかを言いたそうにこちらを向くが、顔を赤くして先に行ってしまった。

 だが、そんな後ろ姿も可愛いな。なんていうか、凛々しいのだが、どこか幼さもある。


 この時の、俺は玲羅の言いたいことはわからなかったのだが、今日の夜、それはとんでもない形で現れたのだった。

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