不良くんの天敵

 ばちん、とテレビが切られたように意識が戻る。指が自分の意思で動き、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。怒鳴り声のしたほうへ目線を向ければ。


「邪魔するの? それとも混ぜてほしい? 大歓迎よ」


「ふざけるんじゃねぇ、そいつに手ぇ出すな! 見境のない猿っ!」


 唸るような怒号に鬼のごとくの形相は怒り、憎しみに近い。敵意など生温い、確かな殺意がほとばしり、かたく握られた拳は今にも猛威をふるいそうだ。


 肌を刺すほどの怒気を真っ向に受けている美女は、慣れているのか愉快そうに声を転がす。余裕が崩れない様子は彼の怒りをますます膨らませた。


「ひどぉい。冷たい男はモテないわよ。すぐに凄むのはダサいわ」


「あの。恋人でしたら」


 神経を逆撫でする美女を遮る。空気が更に重くのしかかり、声がかすれる。勇気を振り絞った白雪に美女はゆるく否定をした。


「あは。いいえ? 私は、この子の母親よ」


「えっ?」


 一瞬、理解が追いつかなくて間抜けな反応になる。


 彼女が――母親?


 同い年より少し上、二十代前半の容貌。とてもではないが母親という年齢には思えない。若々しすぎるのだ、高校生の子持ちと言われた今も信じられない。


 白雪の動揺など気にも留めず、彼女は続けた。


「でもどうでもいいわよね、そんなの。子供だろうが所詮他人、ヤろうと思えばできるんだから。蒼汰と私も、ね」


「――っ!」


 まるで何てこともない当然を語るような口ぶりに、ぞっと背筋が凍り付く。瞠目して、はく、と息だけを食べるように口が動いた。


 まさか、そんなわけと頭が否定しようと、ぐるぐる思考を駆け巡らせた。だがどう足掻いても行き着く先は同じ。つまり、子供と母親が。


 著しい倫理感の欠如。彼女は穏やかなまま、間違いではないと疑わない。彼女の中では正論なのだろうと窺い知れる。


 途端、彼女の姿が歪む。未知の生物だと、拒絶する。


 恋は自由だ。だがこれは――軽い話ではない。


「いい加減にしろよ。こいつに気色の悪いこといってんじゃねぇよ。その口、利けないように病院送りにしてやろうか」


 ぐい、と肩を掴まれて引き寄せられる。背中に庇われた白雪は言葉を失い瞬きすら忘れる。驚かずに反論を繰り出す彼に、初めて言われたわけではないと察してしまった。


 母親が。頼るべき人が。


「顔だけはタイプなのに。短気なのが欠点よねぇ」


 まあ、気が変わったら教えてちょうだい。


 ひらりと手を振って母親はきびすをかえす。「私がいたらゆっくり出来ないだろうし、時間潰してくるわ。避妊はしっかりね」と余計な一言を告げて、玄関のドアから出て行った。


 パタンと閉まったのを見届けてから、白雪は力なく座り込んだ。どっと押し寄せた疲労に目を閉じて息を吸えば、彼がしゃがみ込む。息すら奪う威圧感は霧散しており、珍しく眉を下げて申し訳なさそうにしていた。


「悪いな、あんな奴に会わして」


「あの人は、本当に、その」


 言いにくさに目を逸らせば「母親だよ」と断言される。手を貸して貰い立ち上がれば、奥へと通された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る