不良くんは彼女のトラウマに触れる

 寒さに耐えつつ空き教室に踏み込む。


 掴まれた手はそのまま、中で待っているだろう人間にどう説明しようかと顔を上げれば。


 いたのは予想通り香奈恵――でも前の子でもない女の子と、彩音だった。不良に正面から話しかけられた女の子は青ざめ怯えている。


「遅かったね、蒼汰」


「ちょっと邪魔が入ったんだよ」


「ふぅん。お疲れ、じゃあ、俺たちはこれで」


「え!」


 彩音は立ち上がると恭しく女の子の手を取った。穏やかな笑みだが、拒否権はないのだと冷たさを宿した瞳が脅している。

 女の子が素っ頓狂な声をあげたが、為すがまま。彩音に引きずられるように出口へと歩いた。


「ごゆっくり」


 いつもとは異なる展開。


 怪訝に彼らの背中を見送ると、蒼汰が顎で座るように促した。疑問に感じつつも、黙って従い彼と向き合うように腰を下ろす。机にお弁当箱をのせれば、彼も倣う。


 静かな時間、蒼汰が間合いを計るように、口を開いて、閉じて。何度も繰り返した後、やがて諦めたように首を横に振った。


「毎回別のやつを匿ってるけどよ、恨んでねぇの」


 白雪の心臓がどくりと大きな音を立てる。


 一気に体温が足下から抜けていくような感覚。息を呑み、ぎしりと硬直した。


 責めるでもなく、ただ見極めようとする冷静な瞳。確信した彼の声が白雪を真っ直ぐに射貫き、偽ることを禁じた。


「イジメられてたんだろ、そいつらに」



 ――ああ、誤魔化しようもない。 乾いた笑いをこぼして、皮肉に歪む思考のまま。


「――聞いたんだ」


 そうだ。ここに来る香奈恵も、前の子も、今日の子も。全員、以前百都子と一緒にイジメてきた人間である。


 だがしかし、少々語弊があると否定した。


「確かにそう。でも半分間違ってる」


「半分?」


 怪訝そうな彼に白雪はそうだよと頷いて、重たい口を開いた。ドロドロとした過去がフラッシュバックして、心を締め付ける。喉の奥で鉛の塊が詰まったように声が上手く出ないのを、強引に吐き出す。


「ローテーションいじめって知ってる? 私が名付けたんだけどね。そのままの意味なんだけど」


 白雪が引っ越してきた当初。


 百都子が女王として君臨するグループに迎え入れられた。彼女を中心に香奈恵や女の子が集まっていた。


 百都子は気分屋だ。友達だと一緒に遊んだ人間を、次の日嫌うなど当たり前に起きた。


 嫌った人間を一定期間虐めて、また仲間に入れる。すると仲間内から別の嫌いな子を選び――繰り返すのだ。


 ローテンション。虐められる当番を作るシステムは地獄と呼ぶにふさわしい。


「つまり、あの子たちも百都子ちゃんたちに虐められるの。で、堪えきった後、また仲良くして一緒に別の子を百都子と虐める」


「……胸糞悪ぃな」


「そうだね。本当にそう思う」


 昨日まで遊んでいた子から裏切られて。全員がいきなり敵になる。地獄みたいなシステム、最悪で最低。


 平気な顔で無視して靴を隠して呼び出して暴言を吐いて全て終えた後、笑って、また仲間に加える。次はあの子だと女王の気まぐれで標的が選ばれて、逆らえず言うとおり。


「ここに来るのは、当番の子。虐めの対象になった子が避難しているの」


「お前も、当番回ってきたのか」


「そりゃね」


 というより。白雪が所属していたときは、ほぼ白雪が当番だった。


 単純に指名されるのもあったが、他の子を虐められる期間も無視して当番の子と接触したからもある。次第に百都子の機嫌を損ねた白雪は当番が固定になりつつあった。


 百都子はおそろしい。やめてと言えず、ただ傍にいるしか出来ない。制止の言葉などきっと無意味だったろう。


「まぁ、私が別室で通い始めたら、百都子ちゃんの興味はなくなったみたいだけど。たまーに、ああやって話しかけてくるだけで」


 あくまで仲間内だけで行われる虐め。


 グループから逃げたくとも百都子に逆らえないし、何より抜けた後を考えると怖いのだろう。もう他のグループは固まっているので今更入れてと言い出すのが難しい――と、思ってしまう内気な子の集まりなのだ。百都子を除く。


「で、お前はどう思ってんだ。つまりここに来る奴に虐められたんだろ」



「……申し訳ない気持ちになる」


 彼ならば白雪とは違い、助けられただろう。彼のようになれたなら。


 劣等感に苛まれ、目線を窓へとうつした。


「なんで?」


「私が逃げたから。だから彼女らはイジメられ当番が回る。匿うとかそれだけのことしかできないのが。注意できない私が汚くて嫌になる」


 当番が固定になったとき、他の子は安堵していた。百都子の脅威に晒されずに済む。口にせずとも明らかに学校生活を楽に過ごせると喜んでいた。


 安らぎを、白雪が逃げ出したせいで壊してしまった。ここに彼女たちを迎え入れるのは、せめてもの償いでもある。


 彼は、そんな白雪を見つめて。


「――お前は馬鹿だよ」





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