第2話 夕刻の一幕
「ねぇ、
この街に、いったい何人の人間が住んでいるのか。ビルや住宅が雑多に立ち並ぶ灰色の景色が延々と広がり、それは今、橙と黒に塗り分けられつつあった。その内の取るに足らない一件――都内の六階建てビルのテナントには、
「あの子のこと、よろしくね」
まるで、遠い場所に旅立つかのようであった。それも死出の旅のような。
一人事務作業をしていた青年は、ノートパソコンから顔を上げた。年は所長と同じか、やや低めに見える。あまり人を寄せ付けない感じの
「は? なんです? 突然」
あの子というのが、誰なのかは検討がつく。検討がつかないのは、なぜそのようなことを言い出したかだ。当然そのことを分かっている所長――高山
「これはね。仕方のないことなの。こうでもしないと、あの子はずっと寝ぼけたまま」
桐子の視線の向こうでは、誰もが逃げるように家路を急いでいる。それは、十一月下旬の風が冷たいからだろうか? いや、これは愚問であった。
言葉の意味を図りかねた宗介が口を開きかけたとき、桐子は言った。
「だからわたし――きっと死ぬわ。犯人は捕まらないでしょうね。ああ、死体は探さなくて結構よ。どうせ見つからないだろうし」
「は?」
宗介は、彼女の言葉を何一つ理解することができなかった。
「じゃあね」
「ちょ、ちょっと所長!」
呼び止める声も空しく、桐子はさっさと出ていった。
「……」
がちゃりと閉められた安物のスチールドア。あまりに呆気ない別れであった。
「……なんだあいつ」
幼い頃からの付き合いになるが、桐子の言動はいつも読めない。死ぬとか何とか言っているが、どうせ常人が考えても無駄なことだ。きっと何かの比喩なのだろう。明日来なくても、数日もすれば、猫のようにひょっこり戻ってくるはずだ――。そう片付けて、一人残された宗介は、カタカタと事務作業の続きを始めた。
そうして二週間と少し。
まだ桐子は帰ってきていない。
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