第2話 夕刻の一幕

「ねぇ、宗介そうすけ


 この街に、いったい何人の人間が住んでいるのか。ビルや住宅が雑多に立ち並ぶ灰色の景色が延々と広がり、それは今、橙と黒に塗り分けられつつあった。その内の取るに足らない一件――都内の六階建てビルのテナントには、高山たかやま探偵事務所が入っていた。築年数はそれなりだろうが、最近の外壁塗装のため小綺麗に見える。探偵事務所の所長はまだ若く、二十代の中頃だろうか。背は女性にしては高い。静かな事務所に響いた声は、勝ち気な印象を与えた。今しがた羽織ったコートの内から、長い栗色の髪を外に出しつつ、何でもないように彼女は言った。


のこと、よろしくね」


 まるで、遠い場所に旅立つかのようであった。それも死出の旅のような。

 一人事務作業をしていた青年は、ノートパソコンから顔を上げた。年は所長と同じか、やや低めに見える。あまり人を寄せ付けない感じの朴訥ぼくとつの男であった。背は同世代に比べて、やや高めか。青年――戸泉といずみ宗介は、キーボードを打つ手を止めて、所長の顔をまじまじと見返した。


「は? なんです? 突然」


 あの子というのが、誰なのかは検討がつく。検討がつかないのは、なぜそのようなことを言い出したかだ。当然そのことを分かっている所長――高山桐子とうこは、二階から見える夕刻の景色に目を細めながら、言葉を足した。


「これはね。仕方のないことなの。こうでもしないと、あの子はずっと寝ぼけたまま」


 桐子の視線の向こうでは、誰もが逃げるように家路を急いでいる。それは、十一月下旬の風が冷たいからだろうか? いや、これは愚問であった。

 言葉の意味を図りかねた宗介が口を開きかけたとき、桐子は言った。


「だからわたし――。犯人は捕まらないでしょうね。ああ、死体は探さなくて結構よ。どうせ見つからないだろうし」

「は?」


 宗介は、彼女の言葉を理解することができなかった。


「じゃあね」

「ちょ、ちょっと所長!」


 呼び止める声も空しく、桐子はさっさと出ていった。


「……」


 がちゃりと閉められた安物のスチールドア。あまりに呆気ない別れであった。


「……なんだあいつ」


 幼い頃からの付き合いになるが、桐子の言動はいつも読めない。死ぬとか何とか言っているが、どうせ常人が考えても無駄なことだ。きっと何かの比喩なのだろう。明日来なくても、数日もすれば、猫のようにひょっこり戻ってくるはずだ――。そう片付けて、一人残された宗介は、カタカタと事務作業の続きを始めた。


 そうして二週間と少し。

 まだ桐子は帰ってきていない。

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