東京不可能連続殺人事件

白横町ねる

本編

第1話 プロローグ

「さて、皆様の総意はこうだ。『』」


 濃い赤を基調とした、どことも知れぬ部屋。窓はなく、重々しい扉は物言わず、部屋の様子をじっと見守っていた。そのちょうど反対側、部屋の奥には、不気味な黒色のオブジェが鎮座している。オブジェは、楕円形のテーブルと等間隔に座る十二人の人間を、くぼんだ瞳で見下ろしていた。


「我々には、その準備があります」


 その内の一人が、流暢な英語で自信たっぷりに言い放った。当然、『如何いかにして?』という参加者からの目線が飛ぶ。壮年の男は続けた。


。はは、皆様、目を点にしていらっしゃる。吸血鬼とは何事かと。おとぎ話の存在ではないかと。ですが、ご安心ください。我々は、生粋の魔術師集団。吸血鬼をこの世に呼び寄せることなど、容易いこと。そうして、その存在こそが、目的のとなるのです――」


 会議は終わった。男は参加者たちを、その話術で見事に説き伏せ、計画を一任されたのであった。それはつまり――魔術が始まるのだ。彼も彼女も知らぬ内に。喜劇と悲劇を一緒くたにして。


 海をも越える、壮大な魔術が。


 ――――


「Ladies and gentleman, we will be landing Narita International Airport about 20 minutes from now. The local time is 8:31 in the night. The temperature outside is 14 degrees Celsius」


 くあ……と若い女はあくびをした。暗い機内の中、スマートフォンの白いバックライトが、彼女の童顔と、ゆるいクセのあるブロンドの髪を照らしている。どうみても日本人には見えない。画面には、流行りのメッセージアプリが表示されている。左右のふきだしが上に流れていくものだ。親しい人物とのやり取りのように見える。が、詳しくは分からない。何が書いてあったとしても、まったく不思議はないのだ。それが、何者からかの密かな指令であったとしても。

 幸い、三人掛けの椅子の両隣は空いていて、フライトの間は苦労することはなかった。しかし、いかんせん、腹が減っている。やはりフランクフルトで何か菓子でも買っておくべきだったかと、女は後悔した。いやしかし、もう二十分で到着すると言っているではないか。そうすれば、菓子などとは比べ物にならないくらい、極上の美味を味わうことができるだろう。

 女を乗せた飛行機は高度をさらに落とし、赤い光を点滅させながら、夜闇に浮かぶ地上の光へと近づいていく。


 2019年10月31日――。

 ハロウィンと呼ばれるこの日。東京に吸血鬼が現れた。

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