第10話 絶体絶命のクロガネさん

 獣の叫び声と何かが焦げたような強烈な匂いに、クロガネは目を覚ました。そこは地獄と化していた。

 六匹の赤い竜と竜殺し三人が壮絶なる攻防戦を繰り広げていたのだ。周辺の木々は燃え尽くされていて、そこに黒く焼け焦げた兵士たちの姿が大勢積み重なっていた。

 はっと周りを見ると大型弩砲バリスタ投石機カタパルトは破壊されて原型を留めてはいなかった。それらを操作するはずの兵士たちの姿も見当たらない。逃げたのか、それとも負傷した仲間を助けに行ったのかはわからない。

 ただ一人、コテツだけがクロガネのそばにいて彼を見守っていたのだった。


「クロガネさん! よかった!」


 クロガネが目を開けたことでコテツがほっと胸を撫で下ろした。彼の顔はすすで黒く汚れ、鎧も傷だらけになっていた。大型弩砲バリスタが赤い竜によって破壊されたときも、必死になってクロガネのそばに居続けて、守り通したのだった。彼の目には涙が溜まっていて、今にも溢れんとしていた。


「僕、竜退治がこんなに……恐ろしいなんて思ってもみませんでした……」


 ――ああ、俺は赤い竜の攻撃を喰らって気を失っていたのだった。クロガネは自分の置かれている状況を理解した。そして、黙ったままゆっくりと立ち上がる。――うん、体は問題ない。首を数回軽く鳴らして、そしてコテツの頭を優しく撫でて言った。


「いいかコテツ。今すぐこの場を離れるんだ。どんなことがあっても声を出したり、振り向いたりしてはいけない。お前は生き延びろ。俺が赤い竜を引きつける」


「でも、クロガネさんは」

「俺を誰だと思っている。竜殺しドラゴンスレイヤーだぞ」


「……わかりました。クロガネさん、絶対死なないでくださいね」

「ああ、もちろんだとも。そうだ、コテツ……これを持っていけ」

 クロガネは首飾りを外すと、コテツの首に優しくかけた。それはシンプルながらも中心に宝石が施された美しいものだった。

「これがお前を守ってくれるはずだ。金に困ったら売っぱらっても構わない。当分生活に困らないくらいの値段はする」

「そんなこと絶対にしません!」

 コテツの目に溜まっていた涙が溢れだす。こんなの、まるで最後の別れに渡す形見のようなものじゃないですか……そういう彼に対して、クロガネが優しく頭を撫でる。

「大丈夫。必ずイシの町に戻ってくるから、それまで待っててくれ。だからコテツ、逃げて生き延びるんだ」


 コテツは一度鼻をすすり、コクリとうなづくとクロガネと拳を合わせ、回れ右をして森の中へ走って行った。



「さて……と」



 コテツの姿が見えなくなったのを確認して、クロガネは一気に崖を滑り降りて戦いの場へと赴く。その途中、両翼を切り落とされた幼い竜の横に赤い竜が倒れているのが目に入った。そこでクロガネは、赤い竜が六匹に増えた理由を悟った。


 ――ザンゲツが赤い竜を始末したのだろう。それに気づいた他の仲間が報復にやってきたというわけか……これは厄介なことになりそうだ。


 赤い竜たちが次々に腕を振る、炎を吐く。竜殺したちはそれをギリギリで躱していく。なんとか反撃しようとするも他の赤い竜の攻撃が飛んできて、それを食らわないようにするので精一杯だった。


「イザヨイ! 動きが鈍くなってるぞ! 一発でも食らったら終わりだ!」ザンゲツの言葉にイザヨイがイラっとして言い返す。


「っるさいわね! わかってるし!」これまで集中を高めて赤い竜の攻撃を避けいてたイザヨイは、発した言葉のせいで一瞬判断が遅れた。別の赤い竜の、鋭く尖った黒い爪が眼前に襲いかかる。「しまった!」


 ガキィン!


 イザヨイの前にクロガネが立ち塞がった。彼が大剣を構えて爪の攻撃を防ぐと、後ろからマサムネが走ってきてイザヨイを抱えてその場から距離をとった。


「クロガネ! 無事だったのね!」


 おう、とクロガネは返事をする代わりに左手を横に伸ばし、親指を立てた。



 もう一人の竜殺しドラゴンスレイヤーの出現に、赤い竜たちは攻撃をやめた。というのも、なぜか目の前にいる人間が竜の言葉を使って脳内に直接話しかけてきたからだった。


「どうしてこいつは竜の言葉を話せるのだ?」

「知らぬ。しかし他の人間とは明らかに違う力を感じる」

「だからといって……同胞を殺した罪を見逃すわけにはいかない」

「そうだ、竜は神に等しい存在。我々に刃を向けるなど言語道断」


 赤い竜も同じようにクロガネの脳に直接語りかける。怒っているのは当然だ。クロガネは赤い竜の気持ちも十分に理解できた。だからと言って、ザンゲツたちの首を差し出すことで許してもらおうとは思ってはいなかった。


「実際、こちら側も多くの人間が死んでしまった。これでなんとかおあいこと言うことにしてくれないか?」


 クロガネの提案に他の赤い竜たちが異を唱える。


「何を言うか! そいつらは炎に巻き込まれて勝手に死んだだけだろう! 我々が直接手を下したわけではない!」



 クロガネと赤い竜たちの間でそんな会話が行われているとは知る由もない、ザンゲツ、イザヨイ、マサムネの三人は、突然訪れた静寂に唖然としていた。


「これって、チャンスなんじゃねぇの?」


 ザンゲツの目には、クロガネが来たことで赤い竜たちの動きが止まったとしか写っていなかった。浅はかな彼はこの隙を逃すまいと、刀を持って走り出し一番近くの竜の腹部に一撃を振るった。


 ガキン!


 なんとクロガネがザンゲツの動きを見逃さず、自身の大剣で竜への攻撃を防いだのだった。これには赤い竜も含めその場にいた全員が驚いた。


「クロガネェ! 何の真似だ!」ザンゲツがクロガネを睨みつける。

「お前こそ、何もしていない竜に攻撃を加えるなんてどうかしている!」


「何もしていないだぁ? 見ろよこの光景を! 兵士たちもほとんど死んじまった!」

「だが、先に赤い竜に手を出したのはザンゲツだろう」


 ちっと舌打ちをしてザンゲツはクロガネと赤い竜から距離を置いた。さて、もう一度赤い竜と交渉だ、クロガネがそう思って赤い竜の方に向き直した時だった。



 グオオオオォ!



 物凄い咆哮と突風。勢いよく降りてきた巨大な竜の足にザンゲツは踏みつけられた。そしてぐしゃりと彼は絶命した。


「うそ……」イザヨイが肉片となってしまったザンゲツを見て口を抑える。


「……なんてことだ」マサムネは竜の姿を見て言葉をなくした。



 空から降りてきて、ザンゲツを排除したのはだった。

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